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2-48話:三人での夜

 東門を抜けた一行を待っていたのは、これまで見てきた「神秘の森」とは明らかに異なる、猛々しいまでの大自然だった。西側や北側の森がどこか幻想的な静謐さを保っていたのに対し、この東側は、まるですべての植物が意志を持って道を塞いでいるかのように、強靭な蔦や巨大な草が複雑に絡み合っている。


「うわぁ……なんだこれ、道なんてどこにもないじゃないか! なんで東側だけこんなに険しいんだ!?」


 レオは腰まである藪をかき分け、行く手を阻む太い蔓を腕で払いながら思わず声を上げた。ただ歩くだけで体力が削り取られていくような感覚だ。

 そんな中、後ろを歩いていたミレイユが、ふと思い出したように背負っている大きなバッグをごそごそと探り始めた。


  「……あ、これなら使えるかも」


 彼女が取り出したのは、薄く透き通った黄金色の素材――『ハニービーの羽』だ。ハニービーは、その名の通り甘い蜜を収集する蜂型の魔物だが、その羽は非常に鋭利な振動を伝える特性を持っている。

 ミレイユは眼帯の奥の左目に意識を集中させ、指先の羽へと、極めて慎重に魔力を流し込んだ。


「……『エアカッター』!」


 ミレイユが羽を一閃させると、そこから鋭い風の刃が放たれた。ザシュッ! という小気味よい音と共に、レオを困らせていた強靭な草木が、まるで見えない鎌で刈り取られたかのように一瞬で切り払われた。


「……これで、少しは歩きやすくなったでしょうか」

「す、すごいよミレイユ! 魔法、初めて間近で見たけど……今の、あんなに綺麗に道を切り開けるなんて、感動しちゃったよ!」


  レオは目を輝かせ、興奮気味に身を乗り出した。


「見事な魔力変換です。素材の特性を理解した上での正確な発動、さすがですね、ミレイユ。」


 アリーシャもまた、騎士としての確かな目でその技術を賞賛した。

 しかし、当のミレイユは、二人の真っ直ぐすぎる言葉にどう反応していいか分からず、顔を真っ赤に染めた。学校での彼女はいつも「失敗作」として扱われ、魔法を使うたびに嘲笑を浴びてきたからだ。


「あ、あ、ありがとうございます……。そんな、こんなことで褒められるなんて……」


  ミレイユは照れ隠しに、大きな三角帽の裾をぎゅっと掴んで顔を半分ほど隠してしまった。

 ミレイユの魔法のおかげで劇的に歩きやすくなった荒れ道を進み、一行は北へと向かう。 ふと、レオは周囲の静けさに違和感を覚えた。この東側の森は、西や北に比べて植生が乱れているにもかかわらず、驚くほど魔物の気配が希薄だった。


「ねぇ、ミレイユ。僕たちが王都からアルカナへ来たとき、西側からこの神秘の森に入ったんだけど……あの時はキマイラがいたよね?」

「はい……」


 ミレイユは、自分自身もキマイラに襲われ、絶体絶命だったところを二人に救われたことを思い出し、小さく肩を震わせた。


「だけどさ、なんで北門や東門にはキマイラが出てこないのかな? 単なる偶然なのかな?」 「うーん……何か理由があったはずなんですが……」


ミレイユは記憶の糸を辿ろうとするが、かつて研究員として得た膨大な知識も、今の混乱した状態ではうまく引き出せないようだった。


「まあ、出てこないに越したことはないんだけどね! ただ、ちょっと気になっただけなんだ」


レオはそう言いながら先を急ぐ。神秘の森の木々は通常の倍以上の高さを誇り、その密な葉が空を覆い隠しているため、森の中は昼間でも薄暗い。


(キマイラがいるかもしれない場所での野宿は、流石に危険すぎる……)


 三人は言葉を少なくし、足を速めた。 ようやく森の出口が見え、視界が開けた時。そこにはオレンジ色に燃えるような夕空が広がっていた。太陽はすでに地平線の端にかかり、夜のとばりがすぐそこまで迫っている。


「もう、こんな時間か! 道が険しかった分、思った以上に時間がかかったな」


レオは額の汗を拭い、周囲を見渡した。


「よし、森も抜けたことだし、今日はこの草原で一晩過ごそう。風が当たらなそうな場所を探すよ」

 

 草原の窪みに陣取った三人は、手際よくキャンプの準備を始めた。 パチパチと爆ぜる焚き火を囲み、簡単な干し肉とスープで夕食を取る。揺れる火光が、三人の顔を赤く照らしていた。


「ミレイユ、初めての野宿だけど……大丈夫かい? 寒くない?」


  レオが心配そうにミレイユを覗き込む。

 その様子を横で見ていたアリーシャが、スッと目を細め、レオを「ジト目」でじっと見つめた。


(マスター……少しミレイユ殿ばかりに気を遣いすぎではありませんか?)


 視線を感じたレオが「ん?」と振り返ると、アリーシャは瞬時にいつもの涼しげな、凛とした表情に戻る。


「どうかされましたか、マスター?」 「いや、なんでもない……」


 レオが再びミレイユの方を向くと、またしても背後から突き刺さるような鋭いジト目。 振り返れば普通の顔。また前を向けばジト目。 その奇妙な繰り返しが数回行われたところで、ついにミレイユが耐えきれずにクスクスと笑い出した。


「ふふ、あはは! ……お、面白いです、お二人とも」

「えっ、俺、何か変なことしたかな!?」 レオが慌てて聞き返すと、ミレイユは目尻に涙を浮かべて答えた。

「変、ではありませんけど……お二人のやり取りが、すごく温かくて。なんだか、本当に旅をしているんだなって……面白いなぁって思ったんです」

 

 クスクスと笑い続けるミレイユを見て、アリーシャもついに我慢できなくなったのか、口角を上げて優しく微笑んだ。


「笑う門には福来たる、と言いますから。ミレイユが笑ってくださるのが一番です」


 夜風が草原を揺らし、焚き火の火の粉が夜空へと舞い上がっていく。 初めての三人での夜。かつての絶望も孤独も、この温かな火を囲む時間の中では、少しずつ遠ざかっていくようだった。


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