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2-47話:旅立ちの餞(はなむけ)、そして「三人」の冒険へ

 魔法都市アルカナの喧騒が、どこか遠くのことのように思えるほど、冒険者ギルドの奥まった席は静まり返っていた。ミレイユは、自分の震える手を見つめたまま、レオが提示した「可能性」という言葉を何度も心の中で反芻していた。


「……私のために、そこまで」


 消え入りそうな声で呟くミレイユに対し、レオは真っ直ぐな瞳で答えた。


「これは僕のためでもあるんだ。僕はまだ、自分の『アルケミスト』という職業に何ができるのか、何ができないのか、正直まったくわかっていない。今回はミレイユの魔力操作の問題だし、簡単ではないだろうけど……何か力になれたらって思うんだ」


 レオは自分の右手の義手、そして左の手のひらを見つめ、ゆっくりと握りしめた。 そうだ。自分はまだ、劣等職と言われたこの力で、本当の意味で誰かを救ったことがない。自分の武器の弾を錬成し、素材を収納する――それだけが僕の限界じゃないはずだ。まだ、僕にできることはたくさんあるんじゃないか。


「だからさ。……一緒に行かないか?」


 レオは、ミレイユを温かく迎え入れるように、迷いなく片手を差し出した。 その手を見た瞬間、ミレイユの瞳に熱いものが込み上げた。これまで一人で抱えてきた孤独、絶望、そして「自分は壊れた存在だ」と諦めていた全ての感情が溢れ出し、頬を伝って零れ落ちる。


「あ……ありがとうございます。よろしくお願いします……っ!」


 ミレイユは、レオが差し出した手を、自身の小さな手で力強く握りしめた。その横で、アリーシャもまた、慈愛に満ちた笑みを浮かべて二人を見守っていた。


「それなら、ミレイユの友達にちゃんと挨拶しないとね」


 ミレイユの案内で、三人は夕刻の魔導学校へと足を踏み入れた。授業が終わり、生徒たちの姿が消えた校内には、三人の足音だけが静かに響き渡る。


「学校が終わると、本当に誰もいなくなるんだね?」


  レオの問いに、ミレイユは少しだけ寂しげに頷いた。


「ここは研究施設としての側面が強いんです。昔と違って今は平和な時代ですから、あまり物騒な魔力研究は人目に触れないようにしているんです。表向きは学校ですが、実態は違います」

「着きました。ここです」


  ミレイユが職員室の扉を開けると、そこには数人の教師たちが残っていた。ミレイユが「皆、研究員です」と囁く。


「ミレイユ!?」


 彼女の姿に気づいたエルゼが立ち上がった。レオとアリーシャの姿を見て、エルゼは全てを察したようにフフッと微かな笑みを浮かべ、三人を選室へと案内した。

 全員が椅子に座ると、沈黙を破ったのはエルゼだった。


「見た感じ……決まったようね、ミレイユ」

「……うん。私、この街を出ることにしました。レオさんたちと旅をして、私の力の制御方法を探してみたいの」


 ミレイユの決然とした言葉を聞き、エルゼはゆっくりと立ち上がった。「少し待ってて」と言い残して部屋を出ると、数分後、彼女の手には一つの古びた木製の小箱があった。


「ミレイユ、これはなんだかわかる?」


エルゼが箱を開けると、中には淡く神秘的な輝きを放つ石が収められていた。


「こ、これは……私たちが作った、魔晶石……?」

「そう。事故の前に、私たち二人で心血を注いで作ったものよ。製品化はできなかったけれど、効果は覚えているわよね?」

「もちろん。でも、いいの……? これは、エルゼにとっても大切な……」

 

 ミレイユが下から見上げると、エルゼは優しく首を振った。


「ええ。あなたの魔力操作の役に立ててほしいの。それが私からの願いよ。もし制御できるようになったら、いつかまた、あなたの魔法を見せてちょうだい」


 エルゼはミレイユの肩を抱き寄せ、言葉を紡ぐ。


「私たちはあの時のことを一生忘れない。皆、あなたに感謝しているのよ。ミレイユ、あなたは犠牲者じゃない。私や研究員全員の『誇り』なの……。だから、どうか、また元気な姿を見せに来て」


 エルゼの瞳に溜まった涙が夕日に照らされ、キラキラと輝いた。


「……ありがとう。行ってきます!」


 ミレイユは満開の笑顔を見せた。その目からは温かい涙が流れていたが、それはもう、昨日のような悲しい涙ではなかった。その光景に、レオとアリーシャも鼻の奥がツンと熱くなるのを感じていた。


 翌朝、宿屋の前に現れたミレイユは、昨日のしんみりした表情とは打って変わり、気合の入った真剣な顔をしていた。


「よ、よろしくお願いします!!」

「はは、そんなに肩肘張らなくて大丈夫だよ。もうちょっとリラックスして」

「そうですよ、ミレイユ。私たちはもう仲間なのですから」


 レオとアリーシャの笑顔に、ミレイユも少しだけ肩の力を抜いた。


「そういえば、ミレイユはまだ冒険者登録をしていなかったよね?」

「はい、まだです」

「じゃあ、まずはギルドへ行こう。それに王都のリサさんにも、少し寄り道しますって連絡しておかないとね。前みたいに勝手に行動して騒ぎになったら大変だしさ」


 レオは、冒険者になりたての頃に起こした洞窟での一件を思い出し、苦笑いした。

 ギルドでの手続きを済ませ、ミレイユの首に真新しいプレートが下げられる。そして三人は、アルカナの象徴である重厚な東門をくぐり抜けた。

 目の前に広がるのは、険しくも美しい北の山脈へと続く街道だ。


「さぁ! 新しくミレイユも加わったし、新たな冒険の始まりだね!」


 レオの意気揚々とした言葉に、アリーシャは頼もしく頷き、ミレイユは希望に満ちた表情で応えた。 一歩、また一歩。 二人の旅路は三人の物語へと変わり、一行はネネリがいる山脈へと力強く足を運び始めた。


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