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2-45話:黄金の竜眼と、親友の悲痛な願い

 ミレイユは校舎の長い廊下を、なりふり構わず走り抜けた。自分の教室の扉に飛び込み、席に着くと同時、授業開始を告げるチャイムが頭上で鳴り響く。


「はぁ、はぁ……ま、間に合ったぁ……」


 机に突っ伏し、内心で激しく安堵するミレイユ。だが、そんな彼女を待っていたのは、先ほど素材を強奪した少年少女からの氷のように冷たい視線だった。


「なんだよあいつ、間に合ってんじゃん。おもしろくねえな」

「ほんとよね。あんな短時間で予備を集めてくるなんて、落ちこぼれのくせに生意気だわ」


 刺々しい言葉が飛んでくるが、今の彼女にはそれを気にする余裕はなかった。ガラガラと引き戸が開き、一人の女性教師が入ってくる。教壇に立つのは、ミレイユが最も慕い、そして誰よりも彼女を理解している親友――エルゼだった。


「――では、講義を始めます。今日は『触媒しょくばいを用いた無属性魔導』の実習です」


 エルゼの涼やかな声が教室に響く。今日の授業は、ミレイユのような魔力操作に難がある者にとっても極めて重要な内容だった。


「本来、催眠魔法は精神干渉系の適正が必要ですが、この『夢見草』を媒介にすることで、属性適正がない魔法使いでも強制的に眠りの波動を放射することが可能です。また、『蛇の鱗』を触媒として魔力を通せば、魔力そのものを変質させ、初級の毒魔法を構成できます。これらは魔力操作の精度よりも、素材の質と魔力の流し込み方が鍵となります。さあ、手元の素材を確認して」


 エルゼの言葉に、教室中の生徒たちが一斉に作業を始める。ミレイユは、アリーシャが届けてくれた瑞々しい夢見草と、レオが手渡してくれた鈍い光を放つバジリスクの鱗を机に並べた。


「すごい……なんて純度の高い素材……」


 ミレイユが夢見草にそっと指先で触れ、ごく微量の魔力を流し込む。すると、草から溢れた淡い紫の光が霧のように広がり、周囲に心地よい安眠の香りが漂った。 対照的に、いじめっ子の少年少女たちは、ミレイユから奪った「質の悪い(一度地面に落ちた)」素材で苦戦していた。


「ちっ、なんだよ。全然発動しねえぞ……!」

「ミレイユ、あんた! なんでそんなに綺麗な光が出てるのよ!」


 素材の質が如実に結果を左右する。レオたちが用意した「本物の素材」は、魔法の才を失ったはずのミレイユに、確かな手応えを与えていた。エルゼは机の間を回りながら、ミレイユの机の前で一瞬だけ足を止め、その成功に微かな微笑みを浮かべた。しかし、その瞳の奥には、授業後の「宣告」を控えた重い陰りがあった。

 二人は教師と生徒である前に、同じ職場の「友人」だった。 5年前。弱冠15歳にして膨大な魔力を有していたミレイユは、アルカナが誇る戦略兵器『エーテルキャノン』再稼働のための心臓部――人工魔力コア(魔力増幅鉱炉)の研究員として抜擢されていた。エルゼもまた、そのプロジェクトを共にする仲間だったのだ。

 しかし、実験中に鉱炉が暴走。地下施設を飲み込もうとした魔力の奔流から仲間たちを護るため、ミレイユは自らを結界の核として投げ出した。 仲間は助かった。だが代償として、ミレイユの肉体には『星脈過負荷症エーテル・オーバードライブ』という呪い(障害)が刻まれた。

 15歳のまま身体の成長は止まり、人間が保持できる限界を超えた魔力が、今も彼女の内で渦巻いている。特にその影響が集中した左目は、人工魔力コアそのものへと変質し、黄金に輝く「竜眼」と化した。一度暴走すれば己を焼き尽くしかねないその眼を、彼女は抑制の魔法陣が描かれた眼帯で封じ、その事実を隠して日々を過ごしていた。

 授業が終わり、エルゼは静かに告げた。


「ミレイユ。少し、職員室まで来なさい」

 

ミレイユは言われた通り職員室へ向かう。待っていたエルゼは周囲に誰もいないことを確認し、本棚の隠しボタンを押し、ミレイユを地下研究所へと導いた。薄暗い通路を歩きながら、エルゼは耐えかねたように口を開く。


「ねぇ、ミレイユ。もういい加減、生徒なんて辞めたらどう? 見ていて堪えないのよ。あなたがあんな、世間を知らないガキどもになめられる姿なんて……」

「……で、でも、私はエルゼと一緒に居たいと思って。私の体のことは、どうでもいいわけじゃないけど……」


 ミレイユの震える声に、エルゼの言葉に力がこもる。


「何を迷っているの! この研究所のデータだって、あなたがその身を実験体にして得られたもの。もうさんざん尽くしてきたでしょ! 昔の話みたいに魔族が攻めてきたって、今の研究成果があれば大丈夫なのよ。わかるでしょ!?」

「……それって、私がもういらないってこと?」

「ちがう! そうじゃないの……!」


 エルゼの瞳に涙が溜まる。それは、親友がボロボロになってまで研究に捧げられる姿を、これ以上見たくないという悲痛な叫びだった。


「あなたがそんな体になってまで尽くしてくれた……だからもう、そんな痛々しい姿を見るのが嫌なだけ。研究のことなんて忘れて、遠くの街でゆっくり過ごしてほしい。あなたのこれからの人生を思って言ってるの。……分かってくれる?」


 ミレイユは何も言わず、深くうつむいた。


「さっき、窓から見ていたわ。あのガキ共にいじめられている姿……。……あの二人の冒険者と一緒に、旅でもしてみたらどう? 世界を回るのも、いい気分転換になるかもしれないわよ」

 

 エルゼは、親友を「犠牲者」という鎖から解き放つため、外の世界を提示した。


「……す、少し、考えさせて……」

 

 ミレイユは力なく、とぼとぼと研究所を後にした。 だが、職員室を出た彼女を待っていたのは、またしても残酷な嘲笑だった。


「お! 出てきたぞ、あの雑魚魔法使い」

「どうせズルして集めた材料がバレて、怒られたんだわ! いい気味ね!」


 少年少女の罵倒が降るが、ミレイユの耳には届かない。頭の中はエルゼに告げられた言葉でいっぱいだった。ふらふらとした足取りで学校を出て、宿舎へ戻ろうとしたその時。


「ミレイユ! 授業はどうだった?」


 聞き慣れた声に顔を上げると、そこには心配そうに駆け寄ってくるレオとアリーシャの姿があった。レオはミレイユの浮かない表情を見て、アリーシャと顔を見合わせる。


「……や、やっぱり、ダメだった?」

「……ダメじゃない。授業は大丈夫だった」


 ミレイユは力なく首を横に振った。


「じゃあ、何かあったのか?」


 レオの追及に、ミレイユは街路の喧騒を気にするように視線を泳がせた。


「……ここじゃ、話せない。……少し、静かな場所に行きたい」

 

 ミレイユのただならぬ様子を察したレオは、彼女の細い肩を支えるように頷いた。


「わかった。すぐそこに冒険者ギルドがある。あそこの奥なら、落ち着いて話ができるはずだ。行こう」


 魔法都市の輝きの影で、一人の少女が抱え込んできた「星脈」の真実が、いまレオたちの前で紐解かれようとしていた。


読んでいただきありがとうございます。また、ブックマーク、評価、リアクションしていただきありがとうございます。次話も読んでいただけると嬉しいです。

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