2-44話:急ぎの素材集め
「……ごめん、ミレイユ。実は、僕たち君が北門へ向かうのを見て、内緒で後をつけてきたんだ」
ミレイユを助け起こしたレオは、申し訳なさそうに白状した。ミレイユは驚いたように大きな目を見開いたが、責めるような色はなかった。
「君がこの前、キマイラに襲われていたのに、なんでまた一人で街の外に出て行くんだろうって……疑問に思っちゃってさ」
レオは彼女の震える肩を見つめ、静かに問いかけた。
「それで……さっきの連中は何なんだ?」
ミレイユは俯き、自分のローブの裾をぎゅっと握りしめた。
「……学校の、同じクラスの生徒です。私……お金がないから、授業で使う素材が買えなくて。だから、自分で外へ行って採ってきてたんです。さっきの人たちに見つからないように、確認しながら行っていたつもりだったんですけど……」
「なるほどね。……ちなみに、その授業はこれから?」
「は、はい。あと10分後くらいに始まります。また用意できなかったから、きっと先生に怒られちゃいます……。あの、私、急ぎますので!」
絶望的な状況でもなお、規則を守ろうと走り出そうとする彼女の細い腕を、レオは咄嗟に掴んだ。
「ミレイユ、待って! それなら僕たちがなんとかするよ。ね?」
レオがアリーシャに視線を送ると、彼女は深く、真剣な表情で頷いた。伝説の騎士にとって、弱き者が虐げられる今の光景は、何よりも許しがたいものだった。
「ちなみになんの薬草が必要だったのかな?」
「え、えっと……『夢見草』と『蛇の鱗』です」
「蛇の鱗ならなんとかなるけど……夢見草って、どんな感じのものかわかる?」
レオが尋ねると、ミレイユは懸命に記憶を辿った。
「うーん、湿地みたいなところに生えていて、弱い光を放っている草なんです。それが夢見草です」
「……わかった。アリーシャ、お願いできるかい?」
「承知いたしました、マスター」
レオは迷わず『ツイン・レゾナンス』を抜き放ち、アリーシャへ向けて速度増加のバフ弾を撃ち込んだ。
カアアン!
乾いた甲高い音が響いた瞬間、アリーシャの姿がブレた。
「では、行ってまいります!」
疾風のごとき速さで、アリーシャは北門を目指して爆走を開始した。もはや常人の目では追えないその背中は、一瞬でアルカナの街並みの向こうへと消えていった。
アリーシャが戻ってくるまでの間、レオはミレイユと共に学校の方へ歩きながら、ゆっくりと彼女の話を聞いた。 授業のこと、先ほどの少年たちが吐き捨てた言葉……そして、なぜ彼女がこれほどまでに周囲から蔑まれているのか。
「私……昔、ある事故に遭ってしまったんです。それから、体に障害というか、違和感が残ってしまって……」
ミレイユは消え入りそうな声で告白した。
「それから、うまく魔力がコントロールできなくなったんです。どんなに念じても魔法が発動しなかったり、暴走してしまったり。だから、実技ではいつも最下位で……」
「うまく魔法が使えないからって、あんな仕打ちはないだろ……」
レオの胸の奥で、熱い塊が込み上げた。自分もかつて「無能」だと、「才能がない」と蔑まれてきた。その痛みを、レオは誰よりも知っていた。だからこそ、この震える少女を放っておくことなどできなかった。
その時、凄まじい風を巻き起こして、一人の騎士が二人の前に着地した。
「今、戻りました」
アリーシャだった。その手には、淡い紫色の光を放つ『夢見草』が溢れんばかりに握られている。
「こ、こんなにたくさん!? 凄すぎます!」
ミレイユは目を丸くして驚いた。昨日のバジリスク討伐で湿原の地形を熟知していたアリーシャにとって、その採取は文字通り「赤子の手をひねる」より容易いことだった。
レオも負けじと、『ディメンション・ドロウ』を発動させる。 空中に開いた光の亀裂から、昨日倒したツインヘッドバジリスクや通常種のバジリスクから採取したばかりの、上質な『蛇の鱗』を数枚取り出した。
「これ、普通の蛇よりずっと硬いけど、素材としては十分すぎるはずだ。これで足りるかな?」
「じ、十分すぎます! ありがとうございます、レオさん、アリーシャさん!」
ミレイユは受け取った素材を大事に抱え、涙を拭って笑顔を見せた。
「行ってきます! これなら、きっと大丈夫です!」
駆け出していく彼女の後ろ姿を、レオとアリーシャは静かに見守った。しかし、レオの心は晴れなかった。彼女が口にした「事故」という言葉が、ずっと胸に引っかかっていた。
(単なる不器用じゃない。魔力コントロールを失うほどの事故……ミレイユ、君は一体何を背負わされているんだ?)
魔法都市の巨大な時計塔が、授業の始まりを告げる鐘を鳴らした。レオは隣に立つアリーシャを見上げ、決意を込めた声で言った。
「……アリーシャ。明日出発する予定だけど、少し予定を変更しよう。ミレイユのことが、どうしても放っておけない」
アリーシャは満足そうに微笑んだ。
「その言葉を待っておりました、マスター。……あの子を泣かせたままでは、騎士の名が廃りますから」
二人の視線の先、魔導学校の重厚な門の奥で、新たな騒動の予感が渦巻いていた。




