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2-43話:青空の下の涙

 昨日の嵐が嘘のように、窓の外にはどこまでも澄み渡る青空が広がっていた。清々しい朝の光が差し込む宿の部屋で、レオとアリーシャは身支度を整えた。昨夜の泥だらけの姿はもうない。清潔な服に袖を通したレオは、少しだけ重い足取りで冒険者ギルドへと向かった。

 ギルドの受付は、朝から手練れの冒険者たちが放つ静かな活気に満ちていた。レオはカウンターへ向かい、バジリスクの尻尾を提示した。


「……はい、確かに。Bランク依頼、バジリスクの討伐完了を確認いたしました」

 

 差し出された報酬の金貨が入った袋を、レオはそのままアリーシャへ差し出す。


「これ、全部アリーシャが倒したんだから、君が持っていてよ。僕は逃げていただけだし」

「いいえ、マスター。山分けにしましょう。これ以上は引きません」

「でも、本当に一匹も倒してないんだよ、僕は……。これで本当によかったの?」

 

 申し訳なさそうに眉を下げるレオに、アリーシャは毅然とした、しかし慈愛に満ちた瞳で首を振った。


「はい。昨日は私の勝手な判断で、マスターに命の危険と多大な迷惑をかけてしまいましたから。これはその『迷惑料』として受け取ってください」

「……そこまで気にしなくていいのに。分かったよ、じゃあ半分だけもらうね」


 渋々ながらも山分けに応じたレオ。二人は明日、いよいよ王都への帰路に就くことを決め、その準備のために市場へと足を向けた。

 その帰り道だった。


「……あれ? あの子……」

 

 北門へと向かう雑踏の中に、見覚えのある大きな三角帽子を見つけた。ミレイユだ。 しかし、その様子は以前に会った時よりもずっと危うげだった。彼女は小動物のようにキョロキョロと周囲を気にしては、誰かに見つかるのを恐れるように、物陰を伝って北門を出ようとしていた。


「ミレイユさんですね。……ですが、あの警戒の仕方は尋常ではありません」


 アリーシャが低く呟く。レオも頷き、直感的に「嫌な予感」を覚えた。


「北門を抜けてどうするつもりなんだ? 前は西側の森でキマイラに襲われていたのに……全然懲りてないのか?」


 二人は顔を見合わせ、気づかれないようにミレイユの後を追うことにした。 門の外は、昨日レオたちが死闘(という名の逃走劇)を繰り広げた北の湿原へと続く。ミレイユは、昨日バジリスクの群れが現れた場所の近く、草が深く茂るエリアで立ち止まった。


「……何か探しているのかな?」


 レオが物陰から囁くと、アリーシャも同意するように頷く。


「私もそう思います。……あ、見つけたようです」


 ミレイユが膝をつき、必死に土を掘り起こした。その手には、泥にまみれた小さな薬草のようなもの、あるいは魔物の残した部位のような何かが握られていた。


「あっ、あったぁ……! 早く持っていかなきゃ、また怒られちゃう……」


 ミレイユのその切羽詰まった声は、レオたちの耳にも届いた。彼女は泥を払う間も惜しむように、それを布に包んで抱え込むと、懸命な足取りでアルカナへと引き返していく。


「こ、これで……これでなんとかなるよね。お願いします、間に合って……」


 何かに追い詰められたような悲壮感を漂わせ、彼女は走り続ける。二人はそのまま彼女を追って街へと戻った。ミレイユは魔導学校へと続く坂道を登っていく。しかし、あまりにも気持ちが焦りすぎていたのだろう。


「わっ……!? ひゃああ!」


 何もない平坦な道で、彼女は自分の足をもたつかせ、盛大に転倒した。その拍子に、大切そうに抱えていた採取物が石畳の上にバラバラと散らばる。

 レオが咄嗟に助けに行こうとした、その時だった。 道の脇から、数人の少年少女が姿を現した。ミレイユと同じ魔導学校の制服を着ているが、その瞳には冷たい侮蔑の光が宿っていた。


「よお、ミレイユ! 採取お疲れさん。……お、いいもん見つけてんじゃねえか」


 リーダー格らしい少年が、地面に落ちた採取物を土足で踏むようにして立ち止まった。


「これ、俺らがきちんと使ってやるからよ。お前みたいな無能が持っているより、よっぽど世のためになるだろ?」

「あ……っ、それは……」


  ミレイユが震える手を伸ばすが、別の少女がそれを遮るように一つずつ拾い上げていく。


「今回もご苦労様。また次も頼むわよ? 断ったらどうなるか、分かってるわよね?」

 

 グループは笑い声を上げながら、ミレイユが命がけで北の湿原から持ち帰った「成果」を奪い去っていった。 一人の少女だけが去り際に振り返り、「魔法もろくに扱えない落ちこぼれに、居場所があるだけ感謝しなさいよ」と吐き捨てた。


「そ、そんなぁ……また怒られちゃうのは嫌だよぉ……」


 ミレイユは、何一つ残っていない石畳の上に力なく座り込み、涙目で震えていた。彼女の小さな肩が、堪えきれない嗚咽で揺れている。

 それまで物陰で静観していたレオとアリーシャは、たまらず駆け寄った。


「ミレイユ、大丈夫か!?」

 

 レオが手を差し伸べ、アリーシャが彼女の汚れたローブの土を優しく払う。 ミレイユは、助けてくれたのがレオたちだと気づくと、情けなさと悔しさ、そして安堵が混ざったような声を漏らした。


「レオ、さん……アリーシャ、さん……。わたし、また……ダメでした……」


 魔法都市アルカナという華やかな学術の都。その影に潜む、才能の格差が生んだ残酷な構図を、レオは拳を握りしめながら静かに見つめていた。


読んでくださりありがとうございます。もしよければ評価、リアクションよろしくお願いします。

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