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2-41話:全力の逃走劇

 雨脚が強まり、視界が白く霞む湿原。アリーシャが霧の向こうへと消えてから数分後、地響きと共に彼女が凄まじい勢いでこちらへ引き返してきた。


「あーあ、せっかくの綺麗な顔が泥だらけで台無しじゃないか……」

 

レオは溜息交じりに呟いたが、その余裕は一瞬で霧散した。戻ってくるアリーシャの表情は、獲物を追い詰めた猟犬のように高揚しており、その背後からは何やら巨大な黒い影が猛追してきている。


「マスター! 連れてきましたよ!!」

「……なんか、嫌な予感しかしないんだけど!」


 レオは直感的に『ツイン・レゾナンス』を握り、正眼に構えた。予感は的中する。アリーシャの背後に迫るシルエットは、先ほど倒したバジリスクとは比較にならないほど巨大で、禍々しい。


「マスター! 準備はいいですか!?」

「いいわけないだろ!!」


 叫びも虚しく、レオの目の前でアリーシャが急激にサイドへ跳躍した。遮蔽物を失った「それ」は、慣性のままに標的をレオへと切り替え、咆哮を上げて突っ込んでくる。


「ガアァァァッ!!」


 土煙と泥を跳ね上げ、霧の中から現れたその正体に、レオの頬を冷や汗が伝い落ちた。 巨大な胴体から伸びる、うねるような二つの首。鱗の一枚一枚が鋼のように硬質化し、鈍い光を放っている。


「な、なんじゃこりゃあああ!! 頭が二つなんて、聞いてないぞ!!」


「ツインヘッドバジリスク」――生息数も極めて少ない変異種、いわゆるユニークモンスターだ。レオは戦慄し、考えるより先に踵を返して脱兎のごとく走り出した。


「無理無理無理! こんなの絶対無理だから!! なんで普通のバジリスクじゃないのさ! アリーシャアアア!!」


 湿地を必死に駆けるレオに、アリーシャが軽やかな足取りで並走してきた。


「ちょうど探していたら、いい感じの変異種がいましたので。マスターの新武器を試すには、格好の的だと思ったのですが……」


 悪びれる様子もなく淡々と言う彼女に、レオは声を荒らげる。


「ぜっっっんぜん! 丁度よくない!! 頭が二つってことは、目が12個でしょ!? どこ見ても目が合うじゃないか! 石になっちゃう、確実に!!」

 

 背後をチラリと振り返ると、巨大な二つの顎がすぐそこまで迫っている。


「やだやだやだ! ちょっとアリーシャ、なんとかして!! 早くぅぅ!!」


 恐怖のあまり、自分に速度増加のバフ弾を撃つという基本的な判断すら抜け落ち、レオはひたすら全力で足を動かした。追い打ちをかけるように、近距離でドォォン!と落雷が轟く。その振動に驚いた周囲の通常種バジリスクまでもが泥から這い出し、ツインヘッドに同調するようにレオを追い始めた。


「ちょっ!! マジで洒落にならないから!! アリーシャお願い!!」


 涙目で叫ぶレオ。その必死な訴えに、アリーシャはようやく「……失敗しましたか」と呟き、体制を反転させた。


「了解しました、マスター。露払いをいたします!」

 

 アリーシャは大盾を構え、レオを追い越す瞬間に衝撃波を伴うシールドバッシュを放った。


ドォォォォン!!


 落雷と見紛うばかりの轟音が響き、レオの背後に迫っていたバジリスクの群れが、文字通り紙屑のように四方八方へ吹き飛ばされていく。

 レオは夢中で走り続け、喉が焼けるような感覚を覚えてようやく足を止めた。背後の騒がしい音が消えている。恐る恐る振り返ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。

 広大な湿原のあちこちに、首が折れ、腹を見せたバジリスクたちが転がっている。あの双頭のユニークモンスターさえも、今は泥の中で沈黙していた。


「……終わった、のか?」

「マスター、全部倒しました。……もう少し粘ってくださると思ったのですが、残念です」


 アリーシャが、少しだけ肩を落として戻ってくる。泥にまみれながらも、その佇まいはやはり伝説の騎士そのものだった。 レオは膝に手をつき、荒い息を吐きながら彼女を見上げた。


「……アリーシャ。君の『ちょうどいい』の基準、今度じっくり話し合おうか」

「はい、善処します」


 最強の騎士の過剰すぎる献身に、レオは深い溜息をつくと共に、自分の未熟さを痛感せずにはいられなかった。しかし、その足元には、普通ではお目にかかれない「双頭の涙」が、青く輝きながら溢れ出そうとしていた。


読んでいただきありがとうございます。面白く書きたいなぁとは思ってるのですが、小説を書くのはなかなか難しいです。よろしければ評価、リアクション付けていただけると励みになります!次話もよろしくお願いします。

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