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2-40話:湿原の雷鳴と、騎士の「挽回」

 翌日、アルカナの朝は薄暗く、この先の困難を予兆するかのような重苦しい曇天に覆われていた。遠くからは腹に響くようなゴロゴロという雷鳴が絶え間なく聞こえてくる。


「うわぁ、今日はなんか嫌な天気だな。しかも湿原……朝から気が乗らないよ」


 レオは宿の軒先で肩を落としていた。いつものように規則正しいノックで起こしに来てくれたアリーシャと共に、湿り気を帯びた空気の中へ踏み出す。目指すはアルカナの北門、その先に広がる「北の沼地」だ。


「なんだか天気が芳しくありませんね、マスター」

「そうなんだよぉ。ただでさえ、足場がぐちゃぐちゃのドロドロ確定なのにさぁ……」


 レオが漏らした愚痴に、アリーシャはくすりと悪戯っぽく微笑んだ。


「でも、雨が降ってきたら帰りには泥が洗い流されて、綺麗になれるかもしれませんよ?」

「……それはそうかもだけどさ。相変わらずポジティブだなぁ」


 彼女の底知れない前向きさに苦笑いしながら進むと、門の外には再びあの「神秘の森」が広がっていた。アルカナを出るということは、再びAランク魔物キマイラの脅威に晒されるということ。


(道理で、アルカナのギルドには手練れの冒険者しかいないわけだ……)


 レオはその事実を改めて痛感したが、幸い今回はキマイラとの遭遇はなく、無事に森を抜けることができた。視界が開けた先には、風に揺れる草が緑の波のようにうねる広大な草原が広がっている。その先、キラキラと光を反射させている場所が「北の沼地」だろう。


「マスター、今回のバジリスクも毒には十分に気を付けてください。あと、目を見ると石化する恐れもあるので注意を」

「石化って……もしなっちゃったら、どうやって治すのさ?」

「コカトリスと同様に、目からの雫を石化になった者に垂らせば治ります」

「バジリスクの涙ってこと? 目を見たらダメだって相手から、どうやって採取するんだよ!」


 無茶な要求にレオが叫ぶと、アリーシャはなぜか誇らしげに胸を張った。


「大丈夫です! バジリスクには目が6つもありますから!」 「いやいやいや! 余計に目が合っちゃうだろ! 石化の確率6倍じゃないか!」


 Bランクとは思えない面倒くささに、レオは「AランクかSランクでもいいだろ……」と文句を言い続ける。しかし、アリーシャは不敵に笑い、「涙を大量に手に入れたら素材として最高ですよ! さあ、たくさん倒しましょう!」とグーサインを突き出してきた。


「全然グーサインどころじゃないよ……」


 そんなやり取りをしている間に、二人は目的地の沼地へと足を踏み入れた。空の雲はさらに厚くなり、雷鳴とともに雨がポツポツと降り始める。


「マスター! 最高の条件かもしれませんよ!?」

「どこがだよ! 僕にとっては最悪だよ!」

 

その直後、――ドオォォン!! すぐ近くに巨大な落雷が落ちた。


「うわぁぁぁ!!」


  あまりの衝撃に絶叫するレオ。しかし、アリーシャは即座に盾を構え、戦闘態勢に入った。


「マスター! 出てきますよ!」

 

 落雷の振動に驚き、湿原の泥の中から巨大な影が次々と這い出してきた。数メートルはある巨体、八本の脚を持つ異形の蛇。バジリスクだ。


「うわ、潜ってたのかよ……最悪だ……」


 ドン引きしている暇はない。レオは双銃『ツイン・レゾナンス』を構え、アリーシャに向けて「速度増加」のバフ弾を撃ち込んだ。


「アリーシャ! これでこの湿地でも動きやすくなるはずだ!」

「さすがマスター! てか、これ凄いです! まるで飛んでるみたいに動けます!」


加速したアリーシャは、泥濘を無視した超高速移動でバジリスクの群れへ突っ込み、シールドバッシュで次々と巨体をなぎ倒していく。


「あ! マスター! 蹴散らしたやつはもう倒せてます! 首を切り落としてください、涙が出てきますから!」 「え? もう倒せてるの? バジリスク弱すぎない……?」


 アリーシャの異常な強さに戦慄しながらも、レオは横たわるバジリスクに近づき、短剣でその首をザクザクと切った。すると、青い宝石のような涙が溢れ出していく。レオは『ディメンション・ドロウ』を駆使し、それを効率よく回収していった。

 一気に10体ほどのバジリスクを瞬殺したアリーシャが、一仕事を終えた顔で戻ってきた。


「ね? 簡単だったで……あぁぁ!!!」


 突然、アリーシャが悲鳴を上げ、木道に両手をついて四つん這いに倒れ込んだ。


「や、やってしまった……」

「ど、どうしたのさ!? バジリスクは全滅させたじゃないか!」

「いえ、違うんです。そもそもこの討伐は、マスターの新しい武器の性能を見るためのもの。なのに私は……全部一人で倒してしまいました……っ!」


 自分の大失態に、今にも泣き出しそうな声で訴えてくるアリーシャ。


「いやいや、倒せたから大丈夫だって! キマイラの時も見れたし、今だって支援弾で助かっただろ?」


 レオは全力でフォローしながらも、手際よく最後の「涙」を採取した。


「ふぅ、これで全部か。結構な量になったな」


 一息ついたレオだったが、むくっと立ち上がったアリーシャの表情は、いつになく真剣なものへと変わっていた。


「どうしたのさ、アリーシャ?」

「ちょっと待ってください。私が何とかしますので……」

「何とかって? もう討伐終わったけど?」

「いえ、まだ終わっていません!! マスター、もう一度私に速度の弾を撃ってもらえますか?」

「いいけど……」


  レオが困惑しながら引き金を引くと、カアン!という甲高い音と共に速度弾がアリーシャに吸い込まれた。


「ありがとうございます! では、ちょっと行ってきます!!」

「え、ちょっ……!?」


  レオの制止も聞かず、アリーシャは土砂降りになり始めた雨の中、湿原の奥地へと爆走していった。 泥を跳ね上げ、風を切り、もはや目視できないほどの速度で消えていく彼女の背中を見送りながら、レオは天を仰いだ。


「なんか……嫌な予感しかしないんだけど……」


 レオの予感は、雷鳴と共に現実のものとなろうとしていた。 彼女が向かったのは、湿原の中でも一際濃い霧が立ち込める領域だった。


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