2-37話:揺れる乙女心
巨大な石壁の門をくぐり、レオたちが足を踏み入れた場所――そこは、王都フィラルモニアの秩序立った美しさとは一線を画す、異質な熱を孕んだ空間だった。
魔法都市アルカナ。この都市が特殊なのは、その立地にある。周囲を「神秘の森」の巨木群に囲まれているため、木々が魔力を吸い上げ、通常の2倍以上にまで成長しているのだ。空を覆い尽くさんとする枝葉の影響で、アルカナの街には日中でも陽光がほとんど届かない。
その代わり、街を埋め尽くしているのは人工の光だった。
「……すごいな。まるで、夜が消えたみたいだ」
レオは思わず足を止めて見惚れた。 街の至る所に設置された魔石の街灯が、赤、青、紫と色とりどりの輝きを放ち、石造りの街路を鮮やかに照らし出している。店の看板には発光する術式が刻まれ、文字が浮き上がるように光り輝く。それは、王都の落ち着いた夜景とは違う、どこか毒々しくも美しい、まるで「不夜城」や「ネオン街」を彷彿とさせる景色だった。
立ち並ぶ建物も個性的だ。巨大なフラスコのような形の工房や、屋根の上で天体望遠鏡が回る魔導院。その中にあって、冒険者ギルドの建物は一際目を引いた。巨大な看板がこうこうと光り輝き、遠目には高級な酒場かカジノと見紛うほどの派手さである。
「わ、わたしは……これで失礼します……っ」
案内してくれたミレイユが、深々と頭を下げた。その拍子に、彼女のトレードマークである大きな三角帽子がズルリとずれ落ちそうになり、彼女は慌てて両手でそれを受け止めて被り直す。
「あ、ありがとうミレイユ。助かったよ」
「い、いえ……っ! そ、れでは!」
ハニカミながらレオたちに背を向け、小走りに走り出すミレイユ。しかし、彼女の不器用な裾上げが仇となった。
「あっ!」
自分のローブの裾を思い切り踏みつけ、ミレイユの体が宙に浮く。
「――いたっ!!」
両手を前に突き出し、せっかく被った帽子も虚しく転がり落ち、彼女は地面に「ビターン!」と景気良く転んでしまった。
「大丈夫!?」 レオが慌てて駆け寄ろうとしたが、ミレイユの動きの方が早かった。
「だ、大丈夫です! 平気ですからぁぁ!」
真っ赤になった顔を隠すように急いで帽子をひったくると、ミレイユは脱兎のごとき勢いで街の雑踏の中へ消えていった。
「……独特な子だったね。ちょっと心配だなぁ」
レオがその背中を見送っていると、隣から冷たい視線を感じた。
「マスターは、ああいう『放っておけないタイプ』がお好きなんですか?」
アリーシャが、あからさまに不満げな表情でこちらを見つめていた。
「いや、好みとかじゃなくてさ。怪我してないか心配だっただけで……」
「ふーん……。そうですよね。マスターは『優しい』ですからね」
アリーシャはどこか拗ねたような態度で、レオを置き去りにしてギルドの扉を勢いよく開けた。
(……えっ、僕、何か悪いこと言ったっけ?) 困惑しながらも、レオは彼女の後を追って中へ入る。
中は、外の喧騒が嘘のように王都のギルドとよく似た構造をしていた。世界各地を渡り歩く冒険者がどの街に行っても混乱しないよう、プロヴィデンス王国のギルド連合が意図的に統一しているのだろう。
レオは受付へ向かい、王都のギルドへ無事、アルカナに到着したと報告を入れた。魔法水晶の通信により、リサさんへも「Cランクとしての初戦は圧勝でした」という(アリーシャが勝手に言った)報告が届いたはずだ。
それにしても、アルカナのギルドには冒険者の姿が極端に少ない。 レオは数少ない冒険者たちを横目で見てみたが、そこにいるのは新人らしき者の姿は一人もおらず、誰もが身なりからして手練れだと一目でわかる、静かな威圧感を放つ者たちばかりだった。
「……やっぱり、あのキマイラが影響しているのかな」
レオは心の中で呟いた。 あの「神秘の森」を突破してここまで来られる実力者か、あるいはこの隔離された都市で生き抜く術を持つ者しか、ここには残れないのだろう。王都のギルドにあった華やかさとは違う、実戦の匂いが染み付いた空気。それを感じると、レオの背筋が少しだけ引き締まる思いだった。
さて、この後どうしようかな……と横目でアリーシャを見て表情を確認する。アリーシャはまだ少し唇を尖らせ、掲示板の依頼書を無意味に眺めている。
「ねぇ、アリーシャ? せっかくアルカナに来たんだし、宿で部屋を取ったら、二人で街中を歩いてみないかい? 珍しい魔導具や、新しい弾丸の素材があるかもしれないし」
レオの提案に、アリーシャは一瞬だけ耳をぴくりと動かした。
「……まあ、マスターがそこまで仰るなら、仕方がありませんね。護衛として、お付き合いいたします」
言葉では「仕方なく」と言いつつも、彼女の口角がわずかに上がり、尻尾(は、ないのだが)が振れているような喜びが伝わってくる。
(……アリーシャ、いつからこんなに面倒くさい性格になったんだ?)
レオはさりげなく、悟られないように小さく溜め息をついた。 出会った頃の彼女は、もっと機械的で、もっと「騎士」然としていた気がする。だが、感情を取り戻した彼女の相手をするのは、強力な魔物と対峙するのとはまた別のエネルギーが必要だった。
「よし、決まりだ。まずはこの街で一番、飯が上手そうな宿屋を探そう!」
レオは双銃の重みを腰に感じながら、眩い光に彩られたアルカナの街へと踏み出した。




