2-34話:西の森での再戦
久しぶりの、それも王都フィラルモニアで最も寝心地が良いと評判の宿屋のベッド。その柔らかな感触に包まれ、レオは泥のように深い眠りについていた。いつもなら、夜明けとともに部屋のドアを叩く、規則正しくも力強いアリーシャのノックの音で目を覚ますのが恒例だが、今日は違った。
カーテンの隙間から差し込む朝日、そして窓の外から聞こえる小鳥のさえずり。それが最高に優しいアラームとなり、レオを穏やかな目覚めへと導いた。
「……ん、よく寝た」
レオは大きく両手を上げて伸びをし、ベッドを出てカーテンと窓を勢いよく開ける。どこまでも澄み渡る青空を見渡し、彼は自らの右手の手のひらを見つめた。 集中し、魔力を練り上げる。 ポッと小さな光が収束し、一発の魔弾が錬成された。レオはそれを強く握りしめる。その瞳には、かつての不安ではなく、希望に満ちた輝きが宿っていた。
「コンコンッ!」
いつもの聞き慣れたノック音が響く。
「マスター、おはようございます」
「おはよう、アリーシャ。今行くよ」
レオは手際よく着替えを済ませると、アリーシャと共に今日からの旅の打ち合わせを始めた。
「今回のバジリスク討伐、魔法都市アルカナの北側なら、終わるまでアルカナを拠点にして行動しようか」
「その方が良いかもしれませんね。現地は沼地ですし、できるだけ身軽で行ける方が良いと思います」
アリーシャは賛同してくれたが、レオにはどうしても聞きたいことがあった。
「……でもさ、またなんでバジリスクなんて高ランクな魔物にしたの? 普通に考えれば無茶だよ」
するとアリーシャはキリッとした表情を浮かべ、熱い視線をレオに送った。
「それは、マスターにとってその程度の相手、訳ないと思ったからです」
「……いや、どれだけ過剰評価なんだよ」
レオは内心でツッコミを入れるが、アリーシャの表情は真剣そのものだ。
「でも、僕は今回がこの武器での初めての実践になるし、正直不安だよ」
「マスター、低ランクの魔物で試したとして、この『ツイン・レゾナンス』の真の力が分かるとお思いですか?」
アリーシャは経験に基づいた持論を語り始めた。
「そこらの魔物なら、マスターの腕なら数発で仕留めて終わってしまいます。それに……あえて失礼なことを言いますが、本来、高ランクの魔物はマスターの純粋な『攻撃力』だけでは倒せません」
「うぐっ……」
レオの心に言葉が突き刺さる。だが、アリーシャは微笑んで続けた。
「でも、マスターの力は『破壊』だけではありませんよね? アルケミストの錬成は、戦いの中に創意工夫を生むはずです」
「錬成……創意工夫……?」
レオは先ほど錬成した魔弾を手に取り、じっと見つめる。
「そうか……例えば、この弾丸を中空にして、ポーションの薬液を濃縮して詰め込んだら……命中と同時に強制的に効果を与える『支援弾』になるんじゃないか?」
「ふふ、そういうことですよ!」
アリーシャがレオの気づきを促すように笑う。
「それを試すには、やはりそれなりの『壁』となる敵が必要だと思いませんか?」
地味に説得力のある彼女の言葉に、レオの口角が自然と上がった。新たな可能性が見えた瞬間、不安はやる気へと塗り替えられた。
「よし、行こう!」
二人は王都を出る前にギルドへ立ち寄り、受付のリサに拠点を一時的に魔法都市アルカナに移すこと、そして現地から『魔法水晶』による遠距離通信で、王都への報告が可能であることを確認した。
「……そうですか、しばらくはアルカナへ。寂しくなりますが、その方が効率的ですね」
リサは少し寂しそうに微笑んだあと、思い出したようにニ枚のカードを二人の前に差し出した。
「あ、それと。……これ、ギルドマスターからの伝言です。レオ君、アリーシャさん。今回からお二人のランクを『Cランク』に引き上げます」
「えっ!? いきなりCランクに昇格ですか?」
驚くレオに、リサは困ったような、それでいてどこか呆れたような顔で身を乗り出した。
「もう……。ランク不相応な高ランク魔物ばかり選んで、しかも本当に討伐してきちゃうんですから。本来はもっと段階を踏むべきなんですけど、ギルド内で『あんな化け物みたいな依頼をこなしてる奴らがDランクなのはおかしい』って周りが騒ぎ始めてしまって……。半分は特例、半分は苦情対策としての特別昇格ですよ」
「あはは……。そんなに目立ってましたか」
「当たり前ですよ!」とリサに釘を刺され、レオは苦笑いするしかなかった。だが、Cランクになれば受けられる依頼の幅も広がる。二人は新しいランクカードを胸に、意気揚々とギルドを後にした。
今回は馬を使わない。なぜなら、その道中にはあの『キマイラ』が巣くう西の森を通るからだ。馬がいれば奇襲に対処が遅れる。
「キマイラが依頼に出てれば良かったんだけどね」
「討伐依頼がなかったので仕方ありません。出会えば、それが前哨戦です」
「……あの毒攻撃、思い出すだけでうんざりするよ」
レオは苦い記憶を反芻する。だが、腰の左右に鎮座する『プロメテウス』と『エピメテウス』に触れると、太陽の光を浴びた双銃が応えるように輝いた。
さらにレオには新たな切り札がある。 錬成し続けてる時、収納とかできればと思っていたら、いつのまにか使用できるようになっていた。空間収納と展開の発展型――『ディメンション・ドロウ(次元抜剣)』。 これによって、必要な瞬間に銃を「収納」から「手元」へ瞬時に出現させることができる。
太陽が真上に昇る頃、二人は西の森の境界に到着した。
「さて、ここから冒険の始まりですね! 私、ワクワクしています!」
「だね。……気を引き締めていこう」
レオは両手にツイン・レゾナンスを構え、新スキルでリボルバーに錬成弾を装填した。 初めての自分専用武器。初めての実戦。 ドキドキとワクワクが混ざり合う中、かつての「守られるだけ」のレオはもういない。
アリーシャが片手剣を抜き、大盾を構えて先頭を行く。その背後、死角をカバーするようにレオが二丁の銃口を周囲に巡らせる。洗練され始めたパーティーの陣形。
その時、レオの肌を刺すような殺気が走った。
「っっ!! アリーシャ!!」
レオの声にアリーシャが即座に反応し、盾を掲げる。 直後、樹上の闇から、巨大な影が降ってきた。 鋭い爪、毒を滴らせる蛇の尾、そして咆哮を上げる獅子の頭――。 前回の屈辱の相手、キマイラが再びその姿を現した。
だが、レオは不敵に笑う。
「ちょうどいい。初陣の相手にしては、不足なしだ!」
新生レオの、反撃の銃声が森に響き渡ろうとしていた。




