2-33話:初陣の予感
山を下りたレオたちは、麓の村で久々の柔らかなベッドに身を沈め、一夜を明かした。翌朝、馬を借りて目指すは王都フィラルモニア。不思議なもので、未知の恐怖に怯えながら進んだ往路よりも、確かな手応えを腰に携えた帰路の方が、ずっと短く感じられた。
かつてはただの「設計図」と「鉄くず」に過ぎなかったものが、今は職人の魂を宿し、レオの左右の腰で誇らしげに重みを伝えている。それを思うだけで、胸の奥からわくわくが止まらなかった。
途中、数回の野営を経て、ついに王都の白亜の門が見えてきた。プロヴィデンス国王が統治するこの国の中心地へ、レオは堂々と足を踏み入れる。長期間の不在を報告するため、二人はまず冒険者ギルドへと向かった。
「ただいま……っ!」
ギィッ、と重厚な扉を押し開ける。その瞬間、受付にいたリサがレオの姿を認め、客を放り出したまま走り寄ってきた。
「レオ君……!! よかった、無事で本当によかったぁぁ!」
リサの大きな瞳から、我慢していた不安が涙となって溢れ出した。
「あ、あの、リサさん……?」
狼狽するレオの横から、おちょくるような聞き慣れた声が響く。
「おいおい、誰だぁ? 俺のリサちゃんを泣かせた不届き者はよぉ?」
ニヤニヤしながら寄ってきたのはカイルだ。泣きじゃくるリサの肩に手を置こうとして、思いっきり弾かれているその姿を見て、レオは心の中で毒づいた。
(……おちょくりながら来るのはいいけど、リサさんに拒絶されてるカイルさん、最高にダサいよ。口には出さないけどさ)
「ただいま、リサさん」
レオの言葉に、彼女は涙を拭いて「お帰りなさい!」と眩しい笑顔を見せた。カイルも親指を立てて笑う。だが、戦士の目はすぐに、レオの変貌――その腰に備わった「異形」を見抜いた。
「んで、その腰に付けてるのが、レオが言ってた例のブツか?」
「そうです。これが僕の専用武器、『ツイン・レゾナンス(双響)』。赤いのが『プロメテウス』、青いのが『エピメテウス』です」
レオはホルダーから二丁を抜き放ち、カイルの前に差し出した。
「なるほどなぁ……。初めて見る形だ。アルケミストの道具ってより、本物の獲物の面構えをしてやがるぜ」
カイルの感嘆の声に、レオの頬が自然と緩んだ。
「ねえアリーシャ、今日これから少し、こいつらを試してみてもいいかな?」
「はい! もちろんです、マスター! 私もツイン・レゾナンスの力、早く見てみたいです!」
アリーシャの瞳が期待にキラキラと輝く。彼女はレオより先に、弾かれたように討伐依頼の掲示板へと向かった。
(……嫌な予感がする。めっちゃ嫌な予感が!)
恐る恐るアリーシャの背後から掲示板を覗き込んだレオは、絶句した。 そこには『フレイムリザード』『アイスリザード』……果ては『ドレイクリッチ』や『ワイバーン』の文字が並んでいる。 「だからさぁ! ランクが高すぎるんだってば!!」 レオの叫び声に、ギルド中の冒険者が驚いてこちらを振り返った。恥ずかしさに耐えかね、アリーシャの手を引っ張って引き寄せる。すると彼女が手に取ろうとしていた依頼書が、レオの力に負けて「ペリッ」と剥がれ落ちた。
「もう恥ずかしいから! 適当なのを取って、普通に戦闘練習しようよ」
「わかりました。では……リサさん、これをお願いします」
アリーシャが差し出した依頼書を見た瞬間、リサの眼鏡がズルリと崩れ落ちた。
「……アリーシャさん。前にも言いましたよね?」
リサの顔が引きつっている。レオも横から内容を覗き込み、心臓が跳ね上がった。
【討伐対象:アースドラゴン】
「Sランクじゃん!! いや、いくら何でも無理でしょ!!」
「ダメです! 絶対ダメ!!」
リサの絶叫に近い制止が入り、ようやくアリーシャがしょぼくれた。彼女が代わりに取り直してきたのは『バジリスク』の依頼書だった。
「……それでもBランクですか。まぁ、前回のキマイラを討伐している実績もありますし、今回は特別に受理しましょう」
リサがようやく判を押してくれた。聞けばバジリスクは、王都の西にある「神秘の森」を抜け、魔法都市アルカナの北にある沼地に生息しているという。
「……ねえアリーシャ、僕の言ったこと聞いてた? 『今日これから』って言ったよね? なんでまた、帰ってきたばかりの王都を出て行く前提なのさ……!」
このままでは、また一週間以上も遠征することになる。リサによれば、今回は正式な依頼なので長期不在も認められ、報告は魔法都市アルカナのギルドでも可能だという。だが、レオの体は休息を求めていた。
「リサさん、お願い。今日一日くらい、ゆっくりさせて……」
「ふふ、もちろんですよ。レオ君は働きすぎです」
ようやく許可が下り、レオは脱力した。 明日はまた、未知の森と沼地への旅が始まる。
「トホホ……。とりあえず今日は、死んだように寝よう……」




