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家を追われた無能の三男坊、最速リロードで戦場を支配する ―父の剣術で放つ錬金銃(バレット)―  作者: Ni.Akki
第1章黎明のリロード ―無能と蔑まれた少年の5年間の旋律―
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1-3話:暗闇に描く、始まりの設計図

 

 その日の夜。


 僕は泥で汚れた服を着替えると、明かりもつけずにベッドへ倒れ込んだ。

 窓の外には月が出ていたが、厚い雲に覆われ、部屋の中まで光は届かない。

 静まり返った暗闇の中で、父上の言葉だけが耳の奥に残っていた。


『命は一つしかない』

『死んだら、そこで終わりだ』

「死んだら、終わり……」


 口に出した瞬間、その言葉が急に現実味を帯びた。

 騎士になれなかった僕が戦場へ出れば、真っ先に命を落とすのではないか。

 魔物は待ってくれない。

 魔族も手加減してはくれない。

 戦えない人間が国境を守るヴァレンタイン家で生きていくことは、ただ死ぬ日を待つことと同じなのかもしれない。


「……嫌だ」


 自分の口から、掠れた声が漏れた。


「死にたくない……」


 毛布を握り締めた指先が震えている。

 怖かった。

 死ぬことも。

 何もできないまま、誰からも必要とされなくなることも。

 そしていつか、父上から本当に見放されてしまうことも。


「でも……僕に何ができるんだよ……」


 木剣さえ満足に振れなかった。

 今日の稽古では、父上へ一度も届かなかった。

 頭に浮かぶのは、自分にできないことばかりだった。

 しばらく暗闇を見つめていると、雲の切れ間から月明かりが差し込んだ。

 細い光が、部屋の隅に置かれた机を淡く照らす。

 その上に、一冊の古びた本が置かれていた。


「……母様の本」


 亡き母セレナが、何よりも大切にしていた錬金術書。

 古びた表紙には無数の傷が刻まれ、角は擦り切れている。それでも母は、この本をいつも大切そうに抱えていた。

 幼い頃、母の膝の上で何度か見せてもらったことがある。

 母が亡くなったあとも、寂しくなるたびに表紙へ触れていた。

 しかし、自分もいつか騎士になるのだと思い込んでからは、次第に本を開かなくなっていた。

 錬金術は、剣を学ぶ自分には必要のないものだと思っていたからだ。

 けれど、神から与えられた職業は【アルケミスト】だった。

 今の僕に残されているものは、もうこれしかない。

 僕はベッドから身体を起こし、机へ近づいた。

 錬金術書を両手で持ち上げる。

 指先に伝わる革表紙の感触から、母の温もりが蘇ってくるような気がした。


「母様……」


 返事はない。

 それでも、何かに縋るような気持ちで表紙を開いた。

 月明かりを頼りに、一枚ずつ頁を繰っていく。

 そこに記されていたのは、薬の調合方法だけではなかった。

 金属の性質を変える方法。

 異なる物質を分解し、新たな形へ再構築する理論。

 魔力の流れを調整し、特定の方向へ放出するための魔導回路。

 今の僕には理解できない言葉や構築式が、古びた頁を埋め尽くしていた。


「難しい……」


 何度読んでも、ほとんど意味が分からない。

 諦めそうになりながら頁を繰っていると、古い文章とは異なる筆跡が目に留まった。

 頁の余白へ、小さな文字で何かが書き加えられている。

 その優しい筆跡を、僕は知っていた。


「母様の文字だ……」

 

 僕は月明かりへ本を近づけ、母の残した言葉を読んだ。


『物質を再構築し、ことわりを調律する』

『錬金術とは、死者を蘇らせるための術ではありません』

『今、目の前にある命を、最大限に輝かせるための術なのです』


「目の前にある、命……」


 父上の言葉が、脳裏に蘇った。


『命は一つしかない』

『死んだら、そこで終わりだ』

 

 死んだ者を救うことはできない。

 ならば、死なせないために錬金術を使うことはできないのだろうか。

 自分の命を守るために。

 いつか、目の前にいる誰かの命を守るために。


「……何か、あるはずだ」


 僕は椅子へ腰を下ろし、再び頁を繰り始めた。

 先ほどまで意味の分からない文字にしか見えなかった記述が、今度は違って見えた。

 やがて、二つの図式が目に留まる。

 一つは、僅かな魔力を瞬間的な推進力へ変換する魔導回路。

 もう一つは、複数の素材を一定の順番で送り出すための機構。

 別々の頁に記された、用途も異なる二つの理論だった。

 けれど、それらを見つめているうちに、今日の稽古で父上が見せた動きが脳裏に蘇った。

 父上は、ほとんど動いていなかった。

 僕が力任せに木剣を振り回しても、わずかに手首を返しただけで、すべての攻撃を弾き返した。


『無駄な動きを削ぎ落とせ』


 父上の声が聞こえた気がした。


「無駄な動きを……なくす」


 剣を振るうための筋力はない。

 強力な魔法を放つほどの魔力もない。

 だが、指先の僅かな動きだけで力を放てる機構があれば。

 手首を返すだけで、次の攻撃を準備できる仕組みがあれば。


「僕にも、戦える……?」

 

 胸の奥で、何かが弾けた。

 僕は机の引き出しから紙と羽ペンを取り出した。

 白紙の上へ、震える手で最初の線を引く。

 筒のようなもの。

 その後ろへ、いくつもの錬金弾を収める円筒形の部品をつなぐ。

 指をかけるための引き金。

 少ない魔力を一瞬だけ増幅し、錬金弾を前方へ押し出すための術式。


「剣より遠くへ……魔法より正確に……」


 頭の中で、歯車が猛烈な勢いで回り始めた。

 一発撃っただけでは駄目だ。

 敵が一体とは限らない。

 最初の攻撃を外すかもしれない。

 ならば、すぐに次の弾を送り込めるようにする。


「一発の次に、もう一発……」


 円筒形の部品へ、六つの穴を描き込んだ。


「手首を返しながら、次の弾を装填する。そうすれば、攻撃を止めずに済む……」

 

 それはまだ、子供が思いつくままに描いただけの図だった。

 部品の大きさは揃っていない。

 魔導回路も途中で途切れている。

 そもそも、この機構で本当に錬金弾を撃ち出せるのかさえ分からなかった。

 それでも僕は、夢中になって羽ペンを走らせた。

 線を引き、間違いに気づいて消す。

 別の形を描き、また失敗する。

 何枚もの紙が、書き損じた線で黒く汚れていった。

 気づけば、窓の外の月は大きく傾いていた。

 冷え切っていたはずの指先が、今は熱を持っている。


「再装填……」


 次の弾丸を送り込む機構を見つめ、僕はその言葉を小さく繰り返した。


「リロード……」


 一発で終わらせない。

 何度でも次の弾を込め、攻撃をつなげていく。

 まるで、一つの旋律を途切れさせることなく奏でるように。


「これなら……」


 僕はインクで汚れた指を握り締めた。


「これなら、僕にも誰かを守れるかもしれない」


 死者を蘇らせることはできない。

 けれど、この武器が完成すれば、目の前にいる誰かが命を落とす前に救えるかもしれない。

 父上が教えてくれた、無駄を削ぎ落とした型。

 母様が遺してくれた、命を輝かせる錬金術。

 二つが一つになれば、【アルケミスト】である僕にしかできない戦い方が生まれる。

 窓の外では、少しずつ夜が明け始めていた。

 朝の光に照らされた机の上には、何枚もの失敗した紙が散らばっている。

 その中心に、一本の筒と六つの弾倉を持つ、奇妙な形の魔導具が描かれていた。

 名前さえない。

 完成する保証もない。

 世界を変える力など、まだどこにもない。

 それはただ、死にたくないと泣いていた十歳の少年が、暗闇の中で必死に見つけた、小さな可能性にすぎなかった。

 けれど、この夜に描かれた一枚の設計図から――。

 やがて世界の戦律を塗り替える、レオ・ヴァレンタインの錬金銃が生まれることになる。


最後まで読んでいただきありがとうございます。評価、ブックマーク、リアクション等を付けて頂けると非常に励みになりますので、ぜひともよろしくお願いします!次話も読んでいただけると嬉しいです。

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