1-2話:命の重さと、届かぬ咆哮
「――足が止まっているぞ。集中しろ!」
鋭い声と共に、父上の木刀が僕の胴を打った。
「……っ!」
衝撃で肺から空気が漏れ、僕は泥の浮いた地面を転がった。裏山の修練場には、僕の荒い息遣いだけが響いている。
立ち上がらなきゃいけない。わかっているのに、頭の中ではさっきの街の光景が、テオやニナの笑顔が、泥に混ざってぐるぐると渦巻いていた。
『レオ君はなんだった?』 『騎士じゃないのか?』 『……あんまり戦えない仕事だっけ』
(違う。そんなことが言いたいんじゃない……。僕は、ただ……)
「構えろ。敵はお前の迷いを待ってはくれない」
父上の構えは微動だにしない。その圧倒的な威圧感が、今の僕には「否定」そのもののように感じられた。
「……くっ、あああああぁぁっ!」
僕は無我夢中で木刀を振り回した。型も、教えも、すべてを忘れて。 ただ、胸の中に溜まった「どうしようもない泥」を吐き出したくて、闇雲に打ちかかった。
パンッ! と、乾いた音が響く。 父上は一歩も動かず、最小限の動きで僕の木刀を弾き飛ばした。
「……何を焦っている。一撃に魂がこもっていない」
父上の瞳は、どこまでも冷徹だった。
「いいか、レオ。戦場において、命は一つしかない。死んだらそこですべてが終わりだ。敵は、お前が『無能』だなどと情けをかけてはくれない。生き残りたければ、死を恐れ、死を退けるための力を刻め!」
「……わかってる……。そんなこと、わかってるよ!」
叫んでいた。 弾かれた木刀を拾うこともせず、僕は地面に膝をついたまま、震える声で吠えた。
「わかってるんだよ、死んだら終わりだってことくらい! でも、だったらなんで! なんで神様は、僕にこんな職を与えたんだ! 騎士の家に生まれて、お父様に憧れて、必死に剣を振ってきたのに……アルケミスト(錬金術師)なんて、どうやって戦えばいいんだよ!」
視界が歪む。 悔しくて、惨めで、自分という存在が空っぽに思えて。 こらえようとしても、熱い涙が次から次へと溢れ出して、地面の乾いた土を汚していった。
「こんな力で……戦場になんて出られるわけないじゃないか……っ」
僕の嗚咽だけが流れる静寂。 父上は、泣きじゃくる僕をしばらく黙って見下ろしていた。その表情は影に隠れて読み取れない。
やがて、父上はゆっくりと木刀を鞘に収めた。
「……今日の稽古は終わりだ。頭を冷やせ」
それだけを言い残すと、父上は一度も振り返ることなく、修練場を後にして屋敷へと戻っていった。
取り残された僕は、暮れゆく空の下で、いつまでも泣き続けた。 父上の「命は一つしかない」という言葉が、呪いのように耳の奥で反響している。
(死んだら、終わり……)
この時、僕はまだ気づいていなかった。 父上があえて僕を突き放したのは、僕の中に眠る「生への執着」に火を灯すためだったということに。 そして、この絶望の夜に、僕が「死を退けるための銃」の青写真を描き始めることを。




