1-1話:あたたかな光、冷たい現実
儀式が終わったあと、僕は逃げ出すようにして屋敷を飛び出した。 重苦しい空気とエレオノーラ様の冷笑から離れたくて、足が向いたのは領地の城下町だった。
そこには、身分を隠して幼い頃から一緒に泥遊びをしていた、気心の知れた友人たちが集まっていた。
「あ、レオ君だ! こっちこっち!」
声をかけてきたのは、宿屋の息子、テオだ。彼はいつもよりずっと誇らしげに、竹ぼうきを剣に見立てて振っている。
「聞いてくれよレオ君! 僕、信託で【騎士】だったんだぜ! 父ちゃんも母ちゃんも、泣きながら喜んでくれてさ。将来は辺境伯様の騎士団に入るのが夢なんだ!」
「すごいね、テオ。おめでとう」
精一杯の笑顔を作ると、今度は商店の娘、ニナがはにかみながら教えてくれた。
「私はね……【回復士】だったの。お母さん、これで家のお店でも怪我人を助けられるねって言ってくれて……」
「えぇっ!? ニナ、それって凄くないか!?」 「今、一番人気の職じゃん! どこに行っても引っ張りだこだぞ。いいなぁ!」
子供たちの輪がパッと華やぐ。将来への希望、家族の喜び、自分たちが「何者か」になれたという全能感。街の広場を照らす夕日は、いつもよりずっとキラキラして見えた。
そんな中、テオが無邪気に僕の肩を叩いた。
「そういえば、レオ君はどうだったんだよ? 辺境伯様の息子さんだもんな、やっぱり『聖騎士』とか『剣聖』とか、すごい名前だったんだろ?」
「あ……」
聞かれた瞬間、ドクン、と心臓が跳ねた。 頬を撫でていた春の風が、急に氷のように冷たく感じられる。
スッと、自分の体温が下がっていく感覚。 さっきまで同じ高さで笑い合っていたはずの友人たちが、急に遠い世界の住人のように見えた。
「僕は……」
喉の奥がカラカラに乾いて、言葉がうまく出てこない。 【アルケミスト(錬金術師)】。 戦闘能力皆無。適性なし。ヴァレンタイン家の汚点。
「……【アルケミスト】だったんだ。魔法薬を作ったりする、地味な仕事だよ」
あえて明るく言ったつもりだったけれど、子供たちの反応は正直だった。
「え、錬金術師……? 騎士じゃないのか?」
「……それって、あんまり戦えない仕事だっけ」
気まずい沈黙が流れる。 彼らに悪意はない。
ただ、「最強の騎士の家系」であるヴァレンタイン家のレオが、自分たちよりも「弱い」職に就いたという事実が、幼い彼らを困惑させていた。
「……ごめん。僕、これからお父様と稽古があるんだ。またね」
僕は逃げるようにその場を去った。
背後で聞こえる「レオ君、元気ないな……」「やっぱり名門の家って大変なんだな……」という同情の声が、鋭い刃物のように背中に突き刺さる。
(――わかってる。わかってるんだ)
拳を強く握りしめ、僕は裏山の修練場へと続く坂道を駆け上がった。 僕には、テオのような剣の才能も、ニナのような癒やしの力もない。
でも、この冷えた指先で、いつか世界を驚かせる「何か」を造ってみせる。 悔しさと寂しさを燃料にして、僕の心の中に、初めて錬金術の小さな火が灯った瞬間だった




