1-1話:友の信託と、僕の告白
二丁の歪な錬金銃を手にすることになる、五年前――。
信託の儀が終わった直後、十歳の僕は逃げるようにして屋敷を飛び出した。
背後で誰かが呼び止めたような気もしたが、振り返ることはできなかった。
あの広間を満たしていた失笑。
エレオノーラ様の冷たい眼差し。
そして、何の言葉もかけてくれなかった父の険しい表情。
そのすべてから、一秒でも早く離れたかった。
冷たい春風を切りながら坂道を駆け下りる。
気づけば僕の足は、領都の城下町へ向かっていた。
石造りの屋敷が並ぶ貴族街を抜けると、景色は次第に賑やかさを増していく。
道沿いには宿屋や商店が立ち並び、店先からは焼き立てのパンや煮込み料理の匂いが漂っていた。仕事を終えた大人たちの声と、通りを走り回る子供たちの笑い声が重なっている。
いつもと変わらない城下町の風景だった。
僕が【アルケミスト】だったと告げられたことなど、ここにいる人々はまだ誰も知らない。
そのことに少しだけ安堵しながら、僕は町の中央にある広場へ向かった。
そこには、身分の違いなど気にせず、幼い頃から一緒に泥だらけになって遊んできた友人たちが集まっていた。
「あっ、レオ君だ! こっち、こっち!」
真っ先に僕を見つけたのは、宿屋の息子のテオだった。
テオは広場に立てかけてあった竹箒を手にすると、それを剣に見立てて得意げに振り回した。
「見てくれよ、レオ君! どうだ、この構え!」
竹箒が勢いよく空を切る。
けれど、振り回された穂先が危うく隣の子供へ当たりそうになり、テオは慌てて手を止めた。
「おっと……。今のは、ちょっと失敗しただけだからな!」
「危ないよ、テオ」
思わず笑うと、テオは照れ隠しをするように鼻の下を擦った。
「まだ本物の剣を持ったことがないんだから、仕方ないだろ。それより、聞いてくれよ!」
テオは待ち切れないとばかりに、顔を輝かせた。
「僕、今日の信託で【騎士】を授かったんだ!」
「騎士……?」
「ああ! 神官様がそう言ったんだ!」
テオは竹箒を腰に当て、胸を張った。
「父ちゃんも母ちゃんも、泣きながら喜んでくれてさ。宿屋を継がなくてもいいから、立派な騎士になれって言ってくれたんだ!」
その笑顔には、誇らしさと未来への期待が満ちていた。
「それでな、いつかヴァレンタイン辺境伯様の騎士団に入るんだ。僕が騎士になったら、レオ君のことも守ってやるからな!」
「僕を?」
「ああ。僕たち、友達だろ?」
何の迷いもないテオの言葉が、胸の奥へ温かく染み込んでくる。
けれど同時に、先ほど広間で告げられた言葉が、頭の中に蘇った。
『戦闘適性――なし』
僕は胸の痛みを押し隠し、精いっぱいの笑顔を作った。
「すごいね、テオ。おめでとう」
「へへっ、ありがとう!」
テオに続き、商店の娘であるニナが、おずおずと手を上げた。
「あのね……私も今日、信託を受けたの」
「ニナは何だったんだ?」
テオに尋ねられ、ニナは頬を赤らめながら答えた。
「私は……【回復士】だったの」
一瞬の静寂のあと、広場に集まっていた子供たちから歓声が上がった。
「ええっ!? ニナ、すごいじゃないか!」
「回復士って、怪我を治せるんだろ?」
「大人になったら、どこへ行っても引っ張りだこだぞ!」
子供たちに囲まれたニナは、恥ずかしそうに両手を胸の前で重ねた。
「お母さんも喜んでくれたの。これで、お店に怪我をした人が来ても助けてあげられるねって」
「ニナなら、きっと優しい回復士になれるよ」
僕がそう伝えると、ニナは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、レオ君」
騎士になり、国境を守る未来を夢見るテオ。
回復士として、人の傷を癒やそうとするニナ。
二人とも、自分が何者になったのかを誇らしげに語っている。
家族に喜ばれ、友人たちから祝福され、自分の未来に胸を躍らせていた。
広場を照らす夕日までが、二人の門出を祝っているように輝いて見えた。
それに比べて、僕は――。
「そういえばさ」
テオが思い出したように、僕の肩へ腕を回した。
「レオ君は、何だったんだ?」
「……え?」
「レオ君も今日、信託の儀だったんだろ?」
テオは期待に満ちた目で僕の顔を覗き込んでくる。
「ヴァレンタイン辺境伯様の息子なんだから、やっぱり【聖騎士】とか【剣聖】とか、ものすごい職業だったんだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
ドクン――。
広場の音が、急に遠のいていく。
頬を撫でていた春の風が、氷のように冷たく感じられた。
つい先ほどまで同じ高さで笑い合っていた友人たちが、突然、遠い世界の住人になってしまったように見える。
「僕は……」
喉がひどく乾いていた。
言わなければならない。
二人は僕の大切な友達なのだから、嘘をつきたくはない。
けれど、怖かった。
自分の職業を知られた瞬間、二人の目まで、広間にいた親族たちと同じものへ変わってしまうのではないか。
そう考えるだけで、声が出なくなる。
「どうしたんだ、レオ君?」
テオが不思議そうに首を傾げた。
逃げ出したい気持ちを押し殺し、僕は震える唇をどうにか動かした。
「……【アルケミスト】だったんだ」
「アルケミスト?」
「うん。錬金術師。薬を作ったり、金属を加工したりする職業だよ」
できるだけ明るく答えたつもりだった。
けれど、自分でも分かるほど声が震えていた。
友人たちの間に、沈黙が落ちる。
「錬金術師って……騎士じゃないのか?」
最初に口を開いたのは、テオだった。
「うん」
「剣を使って戦ったりは?」
「戦闘適性は……ないって言われた」
「そう、なんだ……」
テオの表情から、先ほどまでの勢いが消えた。
ニナも困ったように視線を伏せる。
「でも、薬を作れるなら、人を助けられるよね?」
ニナは僕を励まそうとしてくれたのだろう。
「私も薬草のことを勉強すると思うから、レオ君と一緒に何か作れるかもしれないよ」
「……ありがとう、ニナ」
その優しさが、今はかえって苦しかった。
テオもニナも、僕を傷つけようとしているわけではない。
ただ、最強の騎士の家系に生まれた僕が、戦うことのできない職業を授かった。その事実を、十歳の彼らはどう受け止めればいいのか分からなかったのだ。
「でも、辺境伯様の家って、みんな騎士になるんじゃないのか?」
誰かが、小さな声で呟いた。
「戦えないなら、レオ君はこれからどうするんだろう」
「騎士団には入れないよね……」
子供たちの囁きが耳に入る。
それは親族たちの嘲笑とは違う。
悪意も、侮蔑もない。
だからこそ、胸の奥へ深く突き刺さった。
「……ごめん」
これ以上、ここにはいられなかった。
「僕、もう戻らないと。またね」
「あっ、レオ君!」
テオの声を背中に受けながら、僕は広場から走り出した。
追いかけてくる足音はなかった。
「レオ君、元気なかったね……」
「やっぱり、名門の家って大変なんだな……」
背後から聞こえてきた同情の言葉が、鋭い刃のように背中へ突き刺さる。
(――分かってる)
誰も悪くない。
テオもニナも、僕のことを心配してくれている。
(そんなこと、分かってるんだ……!)
それでも、悔しかった。
騎士ではないというだけで、昨日までと同じ自分ではいられなくなったことが。
たった一つの職業によって、友人たちとの間に見えない境界線が引かれてしまったことが。
僕は目元へ滲んだものを袖で乱暴に拭い、城下町の外れへ向かって走り続けた。
屋敷へ帰る気にはなれなかった。
気づけば、父から明日の朝に来るよう命じられた、裏山の修練場へ続く坂道を駆け上がっていた。
息を切らしながら辿り着いた修練場には、誰の姿もない。
夕暮れの冷たい風だけが、静かな地面を吹き抜けている。
壁際には、稽古に使う木剣が何本も立てかけられていた。
僕はその中から一番小さなものを選び、両手で握った。
それでも、十歳の僕には重かった。
「くっ……!」
歯を食いしばり、どうにか持ち上げる。
構え方など分からない。
足をどこへ置けばいいのかも、剣をどう振ればいいのかも知らない。
それでも、僕は木剣を振った。
一度。
もう一度。
不格好な剣先が、冷たい風を切る。
僕には、テオのような騎士の才能はない。
ニナのように、傷を癒やす力もない。
それでも――。
「僕にだって……何かできるはずだ」
声に出すと、胸の奥で燻っていた悔しさが、かすかな熱へ変わった。
「今は何もできなくても、いつか必ず……」
冷え切った指で、木剣の柄を強く握り締める。
「みんなが驚くようなものを、僕の手で造ってみせる」
夕日が山の向こうへ沈んでいく。
その赤い光を受け、振り上げた木剣の先が、ほんの一瞬だけ炎のように輝いた。
無能と告げられたその日。
悔しさと寂しさを燃料に、僕の胸の奥へ初めて錬金術の小さな火が灯った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。評価、ブックマーク、リアクション等を付けて頂けると非常に励みになりますので、ぜひともよろしくお願いします!次話も読んでいただけると嬉しいです。
【登場人物紹介】
今回は、第1話に登場した10歳当時のレオ、ニナ、テオの紹介イラストを掲載します。
イラストは、作者が作成したキャラクター設定をもとに、生成AIを使用して制作・調整したものです。物語を読む際のイメージ資料としてお楽しみください。
※掲載内容は、この時点で明らかになっている情報のみで構成しています。
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