2-22話:五合目の星屑
慎重に、岩の巨獣たちを刺激せぬよう歩みを進めること数時間。山の中腹、標高にして五合目あたりに、ぽっかりと開けた砂利の平地にたどり着いた。
「あぁ……もう、ダメだ……もう、無理……っ!」
生まれて初めての本格的な登山。レオの体力は限界を優に超えていた。肺が焼けるように熱く、足の感覚はすでにない。彼は文字通り大の字になって、背負い袋ごと砂利の上にひっくり返った。
「マスター、男の子が見っともないですよ?」
上から覗き込んできたのは、涼し気な表情のまま、一滴の汗も流していないアリーシャだ。重い大盾と鎧を纏っているはずの彼女が、まるで散歩でもしてきたかのように余裕を保っている。
「……っ、よくも、言ったな……!」
レオはふてくされた顔で彼女を見上げた。屈辱と疲労が混ざり合う。だが、いつまでも寝ているわけにはいかない。彼は足を振り上げ、その反動を利用して「よっと」と起き上がった。服についた土埃をパンパンと叩き落とし、無理やり足を踏み出そうとする。
「マスター」
「……なんだい?」
まるで母親のように世話を焼いてくるアリーシャに、レオはついイラ立った声を返してしまう。アリーシャはそれを気にする様子もなく、空高くにある太陽を指差した。
「もう真上を過ぎました。今日はここで野営しましょう」
「はいはい、わかったよ!」
刺々しい口調で答えながら、レオはバッグから野営道具を取り出した。
「マスター? もしかして、怒っています?」
「……っ!」
その余計な一言が、レオの心をさらに逆なでする。疲労のせいだと分かっていても、些細なことで苛立ち、それを態度に出してしまう自分に無性に腹が立った。
(わかっちゃいるけど、抑えられないんだ……)
これが15歳という「お年頃」ゆえの葛藤なのか。レオは自己嫌悪に陥りながら、黙々とテントを設営した。
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準備を終え、食料の残数を確認し、最悪の場合の撤退ポイントを打ち合わせる頃には、辺りは深い夜に包まれていた。 標高が高いせいか、空気は驚くほど澄んでいる。見上げれば、王都では決して見ることのできない、こぼれ落ちそうなほどの星空が広がっていた。
その圧倒的な煌めきに、レオの淀んだ心が洗われていくような気がした。
「……アリーシャ。さっきはイラついて、ごめん。なんか、むしゃくしゃして」
火を囲み、レオはぽつりと零した。アリーシャは何も言わず、ただ聖母のような穏やかな笑顔を返した。
「冒険をしているのですから、そういう時もありますよ」
経験者として、多くは語らずにフォローする。その包容力に、レオは救われた気持ちになった。
「ありがとう」
温めたココアをゆっくりと喉に流し込む。甘さと温もりが、冷え込む山の夜に染み渡った。
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翌朝。
「マスター! マスター、起きてください!」
鋭くも抑制されたアリーシャの声に、レオはしょぼしょぼする目を開けた。山の冷気を避けるため、崖際に立てたテントの隙間から、アリーシャが興奮気味に外を指差している。
「う、ん……どうしたの、朝から……」
「まさか、ですよ! 見てください、あそこを!」
レオが視線を向けた先――砂利の平原の端を、二つの小さな影が横切っていた。 長い耳がぴょこぴょこと揺れ、背丈はレオの腰ほどもない。
「あれって……もしかして」
「そうです。あの子たちはアナウサギ族……『ドワーフ』です!」
レオの眠気が一気に吹き飛んだ。本当にいたんだ。
「驚かせてしまうと、すぐに地底へ逃げてしまいます。静かに片付けて、後を追いましょう!」
二人は音を立てないよう、熟練の冒険者のような手際で野営道具をまとめ上げた。 朝靄の中を歩く小さな背中を見失わないよう、心臓の鼓動を抑えながら、レオとアリーシャは伝説の種族の足跡を追い始めた。
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