2-18話:聖騎士の盾
「マスター、キマイラという魔物はご存知ですか?」
西の森の深部へ足を踏み入れながら、アリーシャが不意に問いかけた。
「昔、家の書物で読んだことがあるよ。尻尾が蛇で、体が……トラ、だったかな?」
「ライオンです!」
即答だった。食い気味の訂正に、レオは「うっ……」と言葉を詰まらせる。
「マスターはなるべく遠くで見ていてください。キマイラの尻尾の蛇は毒を飛ばしてきます。それが掠りでもすれば、今のマスターなら即死です」
その言葉に、レオの心臓が凍りついた。
(……即死? いや、僕はただ普通にアリーシャの戦いが見たかっただけなのに、なんで自分の死亡フラグと戦わなきゃいけないの!? てかそれ、絶対戦いを見てる余裕なんてなくない!?)
焦りと恐怖が混ざり、レオの口調が強くなる。だが、アリーシャは揺るぎない眼差しで言い切った。
「大丈夫です。マスターは私が守りますから!」
根拠があるのかないのか分からないその強気な言葉と共に、森の空気が一変した。
「マスター、ここからは慎重に。いつ、どこから来るか分かりません」
アリーシャのスイッチが入った。さっきまでの穏やかな笑顔が消え、戦士の冷徹な顔へと変わる。それは、洞窟でカイルが見せた「死んだら終わり」を知る者の顔だった。
「――っ、来る!」
アリーシャの叫びと同時、空を割るような音を立てて、巨大な影が頭上から猛スピードで落下してきた。
ドォォォォン! と大地が爆ぜる。
アリーシャは瞬時に背の大盾を構え、その衝撃を正面から受け止めた。それどころか、着地の勢いを利用して大盾を押し返し、数トンはあろうかという巨体を力任せに跳ね飛ばした。
「マスター、来ました。あれがキマイラです」
土煙の向こうに、異形の獣が姿を現した。ライオンの頭部、背中には黒い翼、そして蠢く蛇の尻尾。
「では、私の戦いを見ていてください」
アリーシャが地面を強く蹴った。重厚な鎧を纏っているとは思えない速さで、盾を正面に掲げたまま突進する。
「――シールドバッシュ!!」
凄まじい衝撃波。 キマイラが悲鳴を上げる暇もなく、太い樹々をなぎ倒しながら後方へと吹っ飛んでいった。レオは口をあんぐりと開けたまま固まる。盾をただの防具だと思っていたが、彼女の手にかかればそれは巨大な鈍器へと変貌する。
だが、キマイラもAランクの魔物だ。 すぐさま起き上がると、その蛇の尾が鎌首をもたげ、粘り気のある紫色の液体を噴射した。
「マスター! 毒が来ます!」
「えっ!? ええええっ!? ちょっと待って!!」
逃げ惑うレオ。手にしているのは、実家から持ってきたあの頼りない短剣一本だ。
「わわわわ!!」
飛んでくる毒の弾丸を、死に物狂いで避ける。その時、這い出た樹の根に足を取られ、無様に転倒した。
「いっ……!」
直後、レオの鼻先を毒液が通過した。
「あ、あぶねー……」
生きた心地がしなかった。ふと毒が着弾した樹を見ると、ボコボコと不気味な泡を立て、樹皮がジュウジュウと音を立てて溶けていた。
(いやこれ、毒なの!? 酸じゃないの!? 当たったら即死どころか、消えてなくなるよ!!)
もはや「戦いを見学」どころではない。レオは文字通り、命がけの反復横跳びを強いられていた。
「マスター! そろそろ、大技をお見せします!」
アリーシャの声が響く。 これまで大盾でキマイラの爪や牙を完璧に捌き、防戦一方に見えたアリーシャ。だが、その瞳には勝利への冷徹な計算が宿っていた。
最強の「盾」が、今、最大の「矛」へと反転しようとしていた。




