2-17話:勇者の常識、凡人の絶望
アテナから改名したアリーシャ。彼女の腕に光るギルドプレートには、誇らしくも恐ろしい職業が刻まれていた。 ――【聖騎士】。
「あの、リサさん……聖騎士ってそんなに珍しいんですか?」
「珍しいなんてレベルじゃないわよ、レオ君。王都で登録されている冒険者の中で、現在パラディンは彼女ただ一人。レア中のレアよ」
昨日、なんとか「記憶喪失」でごまかしたばかりだというのに、隠しきれない異物感が次々と露呈していく。だが、そんなレオの不安を他所に、二人は正式にパーティーを組み、朝日に照らされる王都の外へと踏み出した。
「やっと……やっとだぁーーー!!」
眼前に広がる緑の草原、突き抜けるような青空。心地よい風を全身に浴びて、レオは両手を広げて叫んだ。
「やっと、今日から『冒険者らしい冒険』ができる。もう、ワクワクが止まらないよ!」
「マスター、そんなにはしゃぐと、またやらかしますよ?」
アリーシャがクスクスと、少し意地悪そうに笑う。
「アリーシャまでそういうこと言うの?」
レオはジト目で彼女を見たが、すぐに二人で吹き出して笑い合った。追放された少年と封印された勇者。立場は違えど、互いの存在価値を認め合えるパートナーとしての「響き」が、そこにはあった。
「ねえアリーシャ。僕、アリーシャがどのくらい強いのか見てみたいんだ。その大きな盾を使ってどう戦うのか、教えてくれるかな?」
「うーん……そうですね」
アリーシャは拳を顎に当てて考え込む。
「昔と今では魔物の生態も変わっているでしょうし、一度ギルドに戻って『適切な』討伐依頼を探してみましょうか」
________________________________________
数十分後、再びギルドの掲示板の前に立つ二人。
「うーん、どれにしましょうか……」と悩むアリーシャの横で、レオの顔は見る見るうちに引き攣っていった。
なぜなら、アリーシャが真剣に選別しているのは、すべてAランク冒険者パーティーが束になって挑むような化け物ばかりだったからだ。
「ロックリザード、サラマンダー、ワイバーン、アイスドラゴン……って、アリーシャ? どれもトカゲ種じゃないか! ドラゴン種までいるし、いやいやいや、いくらなんでも……」
レオは震える声で、カイルの言葉を引用した。
「……死んだら、そこで終わりなんだよ? そのこと、分かってる?」
「いいえマスター、大丈夫ですよ! 私一人で倒せますから!」
アリーシャは一点の曇りもない笑顔で断言した。
(いや、そうじゃないんだよ! 僕、一応マスターだし、アリーシャがそんなのを瞬殺しちゃったら僕の立場が完全に消えちゃうよ!)
レオの心の叫びをよそに、アリーシャは「決めました!」と、他の冒険者に取られまいと素早く一枚の依頼書を剥ぎ取った。
それを三番窓口のリサへと差し出す。
「これ、お願いします!」
さすがのリサも、内容を見た瞬間に口角がピクピクと引き攣った。
「あ、あの……アリーシャさん? これ、誰が倒すんですか?」
「私です!」
アリーシャは真剣な眼差しでリサに顔を近づけた。
「マスターが私の戦いを見たいと仰ったのです。主君の期待に恥じない、最高の闘いをお見せしなければなりませんから!」
(この人、天然なのか……!?)
リサは頭を抱えた。その依頼の標的は、数あるドラゴン種の中でもトップクラスの硬度を誇る**【クリスタルドラゴン】。単なる魔物ではなく、数十人のレイドで挑むべきボス級個体、難易度はSランク**だ。
「申し訳ないけど、これは却下よ! いくら聖騎士でも、貴女はまだ登録したてのEランク。Sランクなんて死ににいくようなものよ! もう少し難易度を下げて!」
「そうですか……」
アリーシャは目に見えてしょんぼりしながら掲示板に戻り、再び一枚を選んでトボトボと戻ってきた。
「これならどうですか?」 「……キマイラ。これでもAランクなんだけど……」
リサは呆れ果てた。先ほどの忠告が全く届いていない。だが、このままでは埒が明かないと悟ったリサは、深いため息をついて受領印を押した。
「……いい? 無理だと思ったら、絶対に逃げること! 捨て身の特攻なんて絶対に禁止よ! 分かったわね!?」
「はい!」と元気よく頷くアリーシャ。 レオはといえば、もう何も言えなかった。掲示板のランク表とアリーシャの横顔を交互に見て、ただ天を仰ぐ。
こうして、新米アルケミストと規格外の聖騎士は、キマイラが巣食うという不吉な「西の森」へと足を踏み入れることになった。 レオの「冒険者らしい冒険」は、開始早々、文字通りの命懸けになろうとしていた。




