2-16話:完璧な計画と、想定外の不協和音
「いいかい? たった今から、アテナさんは『アリーシャ』だ」
ギルドへ向かう道すがら、レオは周囲を警戒しながら小声で告げた。 王歴150年に封印された伝説の勇者。今は王歴600年。450年の歳月は人々の記憶を風化させるには十分だが、王城の古文書までは消せない。もし「アテナ」の名で功績を上げれば、鋭い文官に正体を見破られ、再び国家の勢力争いに巻き込まれる恐れがあった。念には念を入れるべきだ。
「そして、出会いの経緯だ。最深層で、記憶喪失の剣士――つまりアリーシャが、スライム3匹に襲われているところを……この僕、レオが助けた。これで行こう。僕だって昨日スライムを倒せたんだ、不自然じゃないだろ?」
「マスターが、私を……スライムから……?」
アリーシャが不思議そうに首を傾げる。
「そう! 恩を売っておけば、君が僕に従っている理由にもなる。……よし、完璧だ」
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ギルド内の一室。そこには、いつになく真剣な表情のカイルと、白紙の束を抱えたリサが待っていた。
「来たわね。じゃあ、こっちの部屋へどうぞ」
案内されたソファに座ると、リサがペンを走らせながら口を開いた。
「とりあえず、大まかな経緯はカイルさんから聞いています。レオ君、その転移トラップがどう作動して、どこへ飛ばされたのか、詳しく教えてくれる?」
レオは嘘を混ぜないよう、慎重に事実を話した。リサはその一言一句を漏らさず、白い紙に細かく書き留めていく。
「なるほど……。で、そちらの彼女の名前と、どうやって出会ったのか……説明してもらえるかな?」
(……きた!)
レオは練習通りの台詞を口にした。 「彼女はアリーシャ。最深層で、スライム3匹に囲まれてピンチだったところを、僕が……その、助けたんです。ねっ?」
「はい。レオ様に救っていただきました。今の私には、名乗るべき過去もございません」
アリーシャも完璧な演技(?)で話を合わせた。室内を、重苦しい沈黙が支配した。……かに見えた。
「…………ぷっ、はははははははっ!!」
静寂を切り裂いたのは、カイルの爆笑だった。
「ひーっ! 腹痛ぇ! おいレオ、お前……っ、ははは!」
「……ふふっ、レオ君、それは……」 リサまでもが、口元を片手で押さえて肩を震わせている。何が起き
たのか分からず、レオとアリーシャは顔を見合わせた。
「な、何がおかしいんですか!」
「だってよぉ! あの時、たった一匹のスライム倒してドヤ顔してたお前が、3匹も同時に相手にできるわけねーだろ! これ、絶対立場が逆だろ! 本当は、レオがスライムに襲われて泣いてるところを、アリーシャに助けてもらったんだろ? なぁ!?」
「……っ!」
反論しようとしたレオだったが、客観的に自分の実力を突きつけられ、言葉が詰まった。そう思うと、急激に耳まで赤く熱を帯びる感覚に陥る。
「わかったわ! まぁ……『そういう事』にしておきますね!」
リサは笑いすぎて涙目になりながら、事情を書き留めた紙をトントンとまとめた。 「私なりにまとめてギルドマスターに提出するわね。アリーシャさん、後で冒険者登録証を取りに来てね!」
「そういう事って、どういうこと!?」
恥ずかしさのあまり頭がオーバーヒートし、レオはそれ以上何も考えられなくなった。リサは部屋を出ようとドアを開けた瞬間、また思い出し笑いを漏らしながら去っていった。
「まぁ、あんまり深く考えんなよ!」
カイルがレオの肩をポンと叩く。結局、事情聴取という名の、ただの辱めを受けただけのレオだった。




