2-12話:忘却の転送、勇者の残り香
「(……と言ったものの、どうすればいいんだ!?)」
レオは左右に右往左往しながら、ぶつぶつと独り言を漏らしていた。 伝説の勇者アテナが味方になったとはいえ、このフロアの魔物の強さも、アテナが今どれほど戦えるのかも未知数だ。おまけにここは、転移で飛ばされた「迷宮の深淵」。
そんなレオの様子を、アテナは黙って見守っていた。 おどおどと視線を泳がせ、小さな肩を揺らしながら必死に考えを巡らせるレオ。その姿は、かつて彼女が戦場で守ってきたどんな猛者とも違い、まるで震える小動物のような愛らしさがあった。
「……ぷっ、ふふっ!」
「えっ!?」
不意に漏れたアテナの笑い声に、レオは飛び上がって振り返った。
「な、何!? 僕の優柔不断なところ、笑ったの!?」
顔を真っ赤にして焦るレオを見て、アテナは慌てて口元を隠し、背筋を正した。
「し、失礼しましたマスター! 決して馬鹿にしたわけではありません。ただ……少し意外だったもので。……さて、地上に出たいのですよね?」
「う、うん。そうだよ!」
「でしたら……だいぶ年月が経っているようですので確実とは言えませんが、運が良ければ。……こちらへ」
アテナは迷いのない足取りで、闇の奥へとレオを導いた。
「アテナさんは、ここを知っているの?」
レオの問いに、アテナは少しだけ視線を伏せた。
「……かなり昔のことですが、私が封印される際、自らこの場所を選びました。平和を取り戻したはずが、向けられたのは軽蔑と恐怖の眼差し……。あの時の私には、もうどこにも居場所がなかった。だから、いっそ自分を消してしまおうと、自暴自棄になっていたのかもしれません」
淡々と語られる言葉の端々に、かつての孤独と絶望が滲む。母の物語で「誰も喜んでいる人はいなかった」と語られた、あの凱旋の日の真実。
レオは胸が締め付けられるような思いで彼女の背中を見つめた。 強すぎるがゆえに疎まれた彼女と、持たざるゆえに捨てられた自分。形は違えど、二人は同じ「孤独」を知っている。
「あ! ありました、これです」
アテナが立ち止まったのは、何の変哲もない行き止まりの岩壁だった。
「え……? でも、ここ、ただの壁だよ?」
レオが辺りを見回しても、そこには自発的に光る鉱石が埋まっているだけで、魔法陣も装置も見当たらない。 アテナはフフッと微笑むと、レオを自分の隣に呼び寄せ、その華奢ながらも力強い手を彼の肩にそっと置いた。
「見た目はそうですね。……では、行きます」
アテナが壁に埋もれた小さな、ひときわ弱く光る鉱石に指を触れた瞬間。 視界が再び、あの転移トラップと同じ強烈な光に包まれた。
「うわっ!」
重力が反転し、世界が激しく揺れる。 数秒の後、レオが目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。キラキラと輝いていたはずの鉱石は、魔力を使い果たしたのかただの黒い岩塊へと姿を変え、ひび割れている。
「ここは……カイルさんといたフロアだ!」
「運が良かったですね。どうやら、あと一回分の魔力しか残っていなかったようです」
アテナは安堵の溜息をつき、手を離した。 そこは、レオが不用意に結晶に触れて消えてしまった、あの因縁の場所。 静まり返ったそのフロアで、レオは自分がようやく「死地」から戻ってきたことを実感し、深く息を吐いた。
「……ん? あれ、カイルさんは……?」
そこには、自分を案じて泣いていたはずの、あのチャラい冒険者の姿はなかった。




