2-6話:三番窓口の洗律(メロディ)
ギルドの重い扉を押し開けた瞬間、暴力的なまでの「熱気」がレオを襲った。
「がっはっは! 今日は俺の奢りだ、飲め飲めぇ!」
「おい、このゴブリン討伐の依頼は俺たちが先に見つけたんだぞ!」
「ねぇお姉さん、今夜あいてる? 良い報酬の仕事があるんだけどさぁ」
真っ昼間から酒を煽る大男たち、掲示板の前で依頼書を奪い合う若手、そして受付嬢を口説こうと必死な不届き者。ヴァレンタイン領の静謐な空気とは真逆の、欲望と活力が剥き出しになった混沌。
「(……なんだ、これ。ここが本当に冒険者の集まりなのか……?)」
あまりの雰囲気に圧倒され、入り口で立ち往生するレオ。足がすくみそうになるが、脳裏に浮かんだのはさっきの涼やかな声だった。
「(……三番窓口。三番窓口だ……!)」
レオは荒波のような人混みをかき分け、まるで救いを求めるように「3」の数字が掲げられたカウンターへと急いだ。
「あの!」
「あ! さっそく来てくれたんだね、未来の冒険者くん」
カウンターの向こう側、眼鏡をかけたリサが満面の笑みでレオを迎え入れた。その屈託のない笑顔は、殺気立ったギルド内で唯一の清涼剤のようで、レオは自分の頬がカッと熱くなるのを感じた。
「あ、あの……冒険者の登録、したいんですが……」
「はい! もちろん。じゃあ、まずはこの用紙に記入してね。あ、書き方がわからないところがあったら、何でも聞いてね?」
リサに手渡された羊皮紙を前に、レオは備え付けの羽ペンを握った。名前、年齢、出身……。順調に書き進めていたレオの指先が、ある一箇所でピタリと止まる。
【職業】
そこは、レオにとって最も忌まわしく、かつ逃れられない呪縛の欄だった。 【アルケミスト(錬金術師)】。戦闘能力なし。適性なし。 王都の、それも猛者たちが集まるこの場所で、その名を晒すのがどれほど惨めなことか。
「ん? どうしたの? わからないところ、あった?」
リサが身を乗り出して覗き込んでくる。ふわりと甘い香りがして、レオは焦ってペンを動かした。
「い、いや、だ、大丈夫です! たぶん……!」
「そぉ? 結構悩んでたみたいだけど……」
誤魔化し切れていない誤魔化しを吐きながら、レオは重い指先を動かし、震える文字で『アルケミスト』と記入した。書いた瞬間に心臓が嫌な音を立てたが、提出された用紙を見たリサは、一瞬だけ眼鏡を押し上げたものの、すぐに元の柔らかな笑みに戻った。
「はい! 全く問題なく、受付完了です! たった今から、レオ君はギルド公認の冒険者だね。おめでとう!」
「えっ? ……なんで、僕の名前を?」
レオの胸がドクンと跳ねた。 さっき教えたわけでもないのに、彼女は僕を名前で呼んだ。もしかして、彼女も僕に対して何か……一目惚れとか、運命的な何かを感じてくれたんじゃ……?
一気に膨らみかけた期待を胸に、レオが期待に満ちた眼差しでリサを見つめると、彼女はきょとんとした顔で自分の手元の用紙を指差した。
「え? だって、ここに『名前:レオ』って書いてあるよ?」
「…………」
その瞬間、レオの脳内を駆け巡っていたバラ色の幻想が、音を立てて崩れ去った。 そうだ。ここはギルドの受付だ。名前を書いて出せば、読まれるのは当たり前だ。
(……俺は一体、何を期待していたんだバカか僕は! 穴があったら入りたい……!)
「レオ君? 顔が真っ赤だけど、熱でもあるの?」
「い、いえ! なんでもないです! 絶好調です!」
心の中で自分の自意識過剰さを呪いながら、レオは必死に冷静を装った。 だが、そのやり取りを横目に、リサはそっとレオが書いた【アルケミスト】という文字を指でなぞる。
(……アルケミスト、か。こんなに意志の強そうな瞳をした子が、本当に『無能』なだけの錬金術師なのかしら……?)
リサの瞳には、レオが気づかないほどの小さな興味の光が灯っていた。 失意(?)のどん底にいるレオは、そんなことにも気づかず、ただ手渡された真新しい銅のプレート――冒険者の証を、ぎゅっと握りしめていた。




