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5-5.マキギ族の使い

 エランデル国の裏通りにある薬屋。ニドルの甥のトリルは、そこで薬の店を開いている。

 薬の原料となる薬草は山に生えている。だが薬草狩りに山に入ると魔物に襲われるリスクがある。トリルも多少、魔法を使えたりするので、現れた魔物に対抗出来ないことはない。

 だが薬草によっては山の奥に入っていかないと採れないものもある。なので、ときどきリンメイについていってもらって薬草採りをするようになった。

 トリルの母、アーサはトリルがリンメイと一緒になることを望んでいるようだが、トリルは畏れ多いことと思っている。リンメイも恋愛感情は皆無だ。幼い頃から影のように生きてきたリンメイは、まだ社交性にも疎かった。


 ◇


 トリルが店を閉めて隣の家に戻ろうとした時だった。身体を覆うようにして誰かがやってきた。

「いらっしゃい。薬ですか?」

 トリルが声をかけると、その者は辺りを気にして、他に誰もいないのを確認して

「リンメイに伝えて欲しいことがあります」

と言った。

「誰ですか?」

 その者は店に入ると頭から被っていた布を外した。トリルはその者を見て驚いた。

「マキギ族?」

 のっぺらとした顔をしたその者は、トリルがリンメイと薬草を採りに山に入った時に出くわした魔族、マキギ族の顔だった。

「助けてほしいと思って、キーリス様から使いを頼まれてきました」

 トリルは突然のマキギ族の出現に驚いたが、落ち着いて

「話を聞かせてくれる?」

とマキギ族の者に聞いた。

「クハノウ領の人族がシームア領に進攻してくるようです」

「え?人族って、ケルトン族ならリンメイの友人が退治したと聞いて居るけど」

「人族について詳しいことはわかりませんが、シームア領にはクハノウ領から人族のみならず、魔獣やいろんな生き物が移ってきています。我々マキギ族だけではなく、山に棲む生き物が犠牲になっています」

 それを聞いてトリルは驚いた。

「わかった。リンメイにはそのことを伝えるけど、助けられるかはわからないよ」

「人族に関しては、今はリンメイだけが頼りだと、キーリス様も苦慮しています」

「わかった。必ず伝えるから」

 トリルがそう言うと、マキギ族の者は去った。

 トリルはとんでもないことが起きるような不安を抱いた。


 ◇


 リンメイはニドルの養女になってニドルの娘として生活をしていた。はじめは温泉の警備員として雇ってもらったが、温泉を守りながら暮らしているうちにニドルに娘になってくれと言われた。

 スラーレン法国で生まれ、シャドーコープスに属する父のもと、魔法が使えることを知ったリンメイは、魔法と格闘技の研鑽に励んだ。

 父が王族の内紛に関わり、命を落とした後、リンメイは王族の裏方として使えたが、それにいやけをさしてエドワールで冒険者になった。そしてめぐりめぐってニドルの温泉にやってきた。

 リンメイは今は冒険者に戻る気はなかった。ニドルと、一緒に養女にしてもらったユニと新しい家族を築いている。この平穏で幸せな日々を大切にしようと思っている。


 ◇


 リンメイが温泉の周りを巡回して戻ると、トリルが来ていた。

「リンメイ、話が・・」

 また「薬草採りに同行してくれ」と言われると思っていると

「マキギ族が店にやってきて、キーリスがリンメイに助けを求めているらしい」

と言われた。

「私に?・・」

 予想もしがたい話だった。

「クハノウ領から新たないろんな生き物が移動してきているらしく、既に魔獣が移ってきて被害が出ていると言っていた」

「最近、今までない魔物も出没しはじめたけど、馬車も襲われたし・・」

 リンメイは、そういうことかと思った。

 すると

「そのマキギ族がリンメイを頼ってきたということか。・・リンメイはどうしたい?」

とリンメイはニドルに聞かれた。

「私は・・」

 リンメイは迷った。

「私は・・頼られても、この温泉に来るまで色んなものから逃げてきた身です。そんな私なので、父に・・オーナーに娘になってくれといわれた時も迷いました。・・今は・・今の生活を大事にしたんです。もう冒険者に戻るつもりもありません」

「・・そうか。私もリンメイを手放したくはない」

 話は一旦終わった。

 だが、リンメイはその後も悩んだ。


 ◇


 ニドルは温泉から街に戻る馬車に乗ってギルド協会に行った。温泉を警備してくれるギルドハンターの翌月の依頼をするためだ。リンメイに頼んだこともあるが、それまでは自分でギルド協会に足を運んでいた。

「ナルーシャ先輩。ニドルさんが来ました」

 エリーナがニドルを二階に居るナルーシャのところに案内してくれた。

「ギルド協会も気ぜわしいようだね」

「今まで以上に、魔物が現れるようになって、衛兵隊の巡回も減ってきているんです。温泉は大丈夫ですか?」

「ギルドハンターも警護してくれているからね。ただ、会長も苦慮しているようだ。ハンターを募集しても思うように集まらないと」

「ええ。低いクラスのハンターでは手に負えない魔物も増えているので・・」

「温泉のほうにハンターを回してもらうのも困難になっていくな」


 温泉に戻ったニドルからリンメイは街の状況を聞いた。

「衛兵隊や街の様子をギルド協会で聞いてきたが、他人事では済まされなくなるかも知れない。ハーロックさんたちも温泉に入りに来なくなった。彼らを頼るのは間違っているかもしれないが」

「お父さん・・」

 ニドルが雅則たちを頼るのは、リンメイもわかるような気がした。しかしリンメイは今更、雅則たちに頼る気にはなれないでいた。

「リンメイの生き方はリンメイに任せるが、魔族の話を、話だけでも聞いてみたら?」

 ニドルも不安を抱きはじめているようだった。

 リンメイはマキギ族のキーリスに会ってみることにした。


 ◇


 リンメイは街に行くと、そこから以前、マキギ族と出会った山に行ってみた。

 するとマキギ族が現われた。キーリスも現われて

「来てくれたか。人族はリンメイしか頼れないので、力になってもらえないだろうか」

と言われた。

「私に人族を動かす力はないわ。ケルトン族の場合は、知り合いがシームア領の魔族と縁があったから・・」

「そうか。・・リンメイを頼ることは出来ないか」

「今まで出なかった魔獣が現れはじめたのは私もわかったけど。知っているけど・・」

「我々生き物は大小それなりの集団を作って生きている。そしてそれぞれの生活圏を守るため、エリアを確保する。いわゆる縄張りというものだ。領内の生き物を襲っているのはクハノウ領から移ってきている魔獣たちだ。やつらも人族の犠牲になっているらしい。そのうちシームア領も新たな魔獣や人族に襲われるだろう」

「・・ごめんなさい。私はシームア領とも関わりがないの」

「そうか」

「自分で共存を持ちかけておいて、悪いけど・・」

「今まで人族と共存するなど考えたことはない。それは人族も同じだろう。リンメイを頼ろうとしたのは間違いだったとあきらめよう」

 マキギ族は山に帰っていった。


 リンメイはマキギ族が戻っていくのを眺めながら

「私は何をしているんだろう」

と自問自答していた。

「ただ逃げていただけ・・」

 リンメイは街に戻るとギルド協会に行った。

「リンメイ?」

 2階に上がってきたリンメイを見てナルーシャが声をかけてくれた。

「どうしたらいいか迷って、ここに来ちゃった」

「何かあったの?」

「ナルーシャならハーロックさんと連絡がとれる?」

「リンスが居たときは何とかなったけど、リンスも居なくなっちゃったから・・」

「そう」

 がっかりするリンメイに

「その代わりにリカという魔族がやってきたの。会ってみる?」

とナルーシャが言った。

「ええ」

 リンメイは、今は藁をも掴む思いだった。


 その夜。

 ナルーシャは家に戻ってきたリカに

「リンメイという人族に会ってほしいの」

と話した。

「リンスやハーロックさんとも関わりのある人族なんだけど・・」

 だがリカは

「私は関りたくないわ」

と拒否した。

「え?」

「私はエランデルの人族の監視とナルーシャのお守りを頼まれているだけ。面倒なことはいやなの」

 ナルーシャはリカの、リンスとの違いに唖然とした。

「シームア領に新たな魔獣も入って来ているらしいわ」

「それは私も知っている。目に付くやつは退治しているから」


 温泉に戻ったリンメイはナルーシャからの返事を待った。しかし・・馬車の御者がナルーシャからの伝言を預かってきた。

「リカは会ってくれないそうです。そう伝えてと頼まれました」

 リンメイは何も出来ない自分をはがゆく思った。


 ◇


「リンメイ、魔王が話があるらしい」

 リンメイはニドルに呼ばれた。魔王とはヤマトシゲルのことだった。

「魔王ってシゲルさん? 私に話しがあるって?」

「どう話したらいいか、僕も戸惑ったんだが、カリア村の近い山奥に住むグルム族という魔族から頼まれたんだ」

「え?」

「そのグルム族は美緒さんと仲良くなった魔族で、美緒さんがワインをつくるために葡萄の木を譲った魔族だ」

「そういう関係。・・で、私に何の話なの?」

「そのグルム族が美緒さんたちの力を借りたいので連絡をつけたいと言われて頼まれた」

「・・それで」

「僕は美緒さんがワリキュールに居ることは聞いているが、連絡のつけようながい。そこでリンメイを頼るしかないと思って・・」

「そう言われても、私も美緒さんたちと仲良くしているわけじゃないし・・」

「グルム族はクハノウ領から入ってくる魔獣を倒しているらしい。だが、倒しきれないので力になってほしいそうだ」

 リンメイは先日、マキギ族のキーリスからもそんなことを言われた。しかしまだ何も出来ないでいる。

「私に言われても・・」

「リンメイでも彼らの力になれないか」

 リンメイは迷った。どうすればいいかわからない。

 しかし・・。

「何を悩んでいるんだろう。何に戸惑っているんだろう」

と自問自答した。自分は人族と他の生き物と共存を望んでいないのか。雅則たちは、ただそれを実践しているだけだ。


 リンメイは悩み抜いてニドルに相談した。

「私一人の力では誰も助けることは出来ません。冒険者に戻るつもりもなかったんですけど。・・でも今はハーロックさんたちを頼らないと。ワリキュールに行かせてください」

 そう決心した。

「行くか。・・それが人の道かも知れんな。しかし、リンメイには苦労をかける。出来ればリンメイを頼りたくないのだが」

「それが私の運命なら受け入れようと思います。逃げてもはじまりませんから」

「運命か・・リンメイはスラーレンを出た後、冒険者の道を歩き始めたんだったな。リンメイをいつまでもそばに置いておきたいが、それは私のわがままかもしれないな。・・わかった。・・だがきっと戻って来い。私はリンメイを待っている」

「はい」

 ユニからも

「また出かけてくるの?」

と心配された。

「またお土産を持って戻ってくるから」

 そしてミルティナにも

「怪我人が出たらお願い。・・お父さんやユニも・・」

と頼んだ。

「出来る限りの力を尽くしますから」



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