5-4.忍び寄る脅威
エランデル国はワリキュール王国の王族の縁者が開拓して築いた国だ。だが山に近いこともあって周りには魔物も出やすい。街中に現れることもある。そのため、衛兵隊やギルドハンターたちが街の治安を守ってくれている。
だが、郊外には景色のいところもある。魔法を使えたり腕の立つ御者が観光の馬車を出したり、あるいはギルドハンターを雇って観光事業をする場合もある。
その日、ニドルは妻のエランと娘のロッテを連れて街の外に出た。
「この先に温泉が湧き出ているところがあるんでしょう?」
「ああ、地面から熱い湯が出ているところがね。身体に癒しや、いい効能がある湯だ。そこに施設をつくって大勢の人に利用してもらうのがお父さんの夢なんだ」
「見てみたいわ、そこを」
「いや、そこはもっと奥、山の麓だから、魔物とか途中何が出るかわからない。だからまだ計画はしているが、実行に移せないでいる」
「私も入ってみたいな」
娘のロッテに言われて
「必ず作るよ」
とニドルは夢を実現しようと強く思った。
だが、悲劇はニドル親子を襲った。
襲われたのはエレンとロッテだった。襲ったのは人族だった。
「ロッテ!」
ニドルは目を覚まし、身体を起こした。
「久々に夢を見た。いやな夢を・・。リンメイとユニを養女にしたからかな・・」
リンメイが墓参りに行ってくると出かけて一月は経つ。故郷のスラーレン法国に出かけた。ニドルは行ったこともないし、どんな国なのかもわからない。詳しくは聞いていないが、リンメイが捨てた国でもある。
しかしリンメイが故国に帰ってここに戻ってこない可能性もある。
「いつ、戻ってくるか・・。戻ってくるのか・・。いや、きっと戻ってくるはず。・・それを信じよう」
その不安から、ニドルは亡くなった妻と娘の夢を見てしまったのか。
ユニから
「おとうさん」
と声をかけられた。
「どうした」
「元気ないみたいだけど・・大丈夫?」
「ああ、何でもない」
「リンメイお姉さんは、いつ帰ってくるかな」
「ユニも心配しているのか。・・大丈夫。きっと帰ってくるから」
◇
それから、また数日が経った。
「ただいま」
リンメイが温泉に戻ってくると、ニドルに驚いた顔をされた。それから
「戻ってきたか。お帰り」
ニドルが蔓延の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「無事、帰ってきました」
「ああ、うん」
リンメイはニドルが心配していたことを悟った。
ユニもリンメイが戻ってきたことを知って笑顔で迎えてくれた。
「はい、お土産。アズパイアのクッキー」
「ありがとう。食べ物も新しいものが出来てきて嬉しい」
アズパイアはエランデル国のルーア村で品種改良されて生産されるようになったが、国内で消費されていただけだった。
が、雅則がファルマン領の魔族(モディナ族)と石炭との物々交換をもとに、国外との取引も始まったため、ルーア村の経済も潤うようになった。さらに美緒がアズパイアを加工した製品を生み出していったため、今まで口にしたことのない人族も、その味を知るようになっていった。
リンメイは、お土産にチーズを考えたが、お店はまだワリキュールのチーズの店『マキバ』でしか売られていない。牧場のスミス乳業と直接取引きする飯店などはあるが。
『マキバ』の店長であるスレーンやセキュバスにも知られたくないリンメイは、エドワールやエランデルの街でも売られ始めたアズパイアのクッキーを購入してお土産にした。ほとんど温泉に居るユニたちにはそれもめずらしいものだった。
◇
それから大きな問題もなく、月日が流れていった。温泉の新館は本館より魔物に襲われる危険があるので、一般客には開放せず、ハンターや衛兵隊の研修・慰安に使ってもらっている。それなりの収入もあり、本館も増築した。
だが昨年までは年に何回か利用してくれた衛兵隊から利用の依頼がこなくなった。そして、温泉の近くに現れる魔物に凶暴な物も現れた。
警護を請け負っていたハンターが傷を負って戻ってきて
「あんなの相手に出来ない」
と慄いていた。
深い傷ではなかったが、ニドルはもちろんリンメイも治癒魔法は使えないし、ポーションも切れている。包帯で巻いて傷口を塞ぐくらいのことしか出来なかった。
「どんな魔獣?」
「今まで近辺に現れた魔獣より体も大きいし、力もある」
リンメイは温泉を飛び出すと魔獣が向かってきそうな場所に行った。すると、二人のハンターが魔獣に対峙していた。確かに凶暴そうな魔獣だった。しかも今までに見たことの無い魔獣だ。
「俺のファイヤーアロー(炎の矢)では効き目が無い」
ハンターはビビっていた。ハンターのレベルはCクラス。炎の矢はレベルによってその威力も強かったり弱かったりする。
リンメイは魔獣に魔法攻撃を試みた。
「ファイヤーアロー」
リンメイの放った炎は魔獣を覆い尽くした。レベル100のリンメイの炎の矢の威力は、Cクラスのハンターの比ではなかった。
だが、焼き尽くすと思われた魔獣は、全身に炎を浴びながらまだ倒れなかった。リンメイは飛び上がると魔獣に蹴りを入れた。魔獣は倒れこむと動かなかった。何とか倒したようだった。
その後、温泉を警護してくれるハンターは応募者が少なくなった。レベルの高いハンターでないと勤まらないと思われたようだった。
◇
そんなある日。
定期的にやってくる温泉客を乗せた馬車がなかなか来なかった。
「今日は休館日にはしてないが・・」
ニドルも気になりだすと、荷馬車が1台、駆け込んできた。
「大変だ、馬車が襲われている」
村へ戻る農民が緊急を知らせに温泉にやってきた。
「案内して」
リンメイは農民に案内させて馬車で向かった。
温泉近くの道路に温泉に向かってきた客を乗せた馬車が止まっていた。馬車の外に倒れた者たちがいた。温泉客のようだった。ほとんどが息絶えていた。
「あなたは護衛のハンター?」
まだ息のある男に声をかけた。
「見たことのない、初めての魔物だった。・・馬車の中にも・・」
馬車の中にも人が居た。傷を受けている。
リンメイは農民に
「馬車を走らせて傷ついた人たちを温泉につれてきて」
と頼んだ。
馬車が温泉に着くと、傷ついた人々を館の中に入れた。
「休んでもらうことは出来るが、怪我を治すことは出来ないぞ」
ニドルは魔法が使えない。リンメイも自分の体に対する治癒能力は人族の中は優れているが軽傷治癒が多少使える程度で、深い傷を治すことは出来ない。
「私に治癒させてもらえませんか」
温泉客の若い女が名乗り出た。
「ヒーリング」
女が負傷者に光を浴びせると、傷が治っていった。その効果にリンメイたちは驚いた。
「よかった。効果があったようですね。他の患者さんにも・・」
女は負傷者に治癒魔法をかけていった。
「そんなに力を使って大丈夫?」
リンメイは女を心配した。
「大丈夫です。私は治癒魔法を研鑽してきましたから。なので、他の魔法はあまり得意ではありませんけど」
ニドルが
「あなたが居てくれて助かった。私から礼をいいます。私は温泉のオーナーのニドル・・」
と女に言うと、女は
「私をここに置いてください。使ってください。お願いします」
とニドルに頭を下げた。
唖然とするニドルとリンメイ。
「お願いします」
「理由を聞かせてくれる?」
「私はエドワールで冒険者の経験もあるんですが、攻撃魔法をほとんど使えない私は冒険者として当てにされずエランデル国に来ました。でもギルド協会も私に適した仕事は難しいようで、どうして生きていくか途方に暮れているところなんです。何でもしますから使ってください」
「まあ、人手は足りているわけではないが・・」
「お願いします」
「今日のように怪我人や病人が出ないとも限らないし・・いいだろう。じゃあ働いてもらおう。名前は?」
「ありがとうございます。シグ王国出身の魔術師、ミルティナといいます」
「シグ王国?」
「遠くから流れてきました」
シグ王国がどこに有り、どういう国なのかニドルもリンメイも知らない。
だが
「怪我人とかが出たら治療を頼むとして、仕事はユニについて覚えてもらおうか」
とニドルはミルティナを受け入れることにした。
「はい。よろしくお願いします」
新しいメンバー、ミルティナが加わった。
◇
リンメイは温泉の休館日にギルド協会を訪ねた。
二階に上がるとナルーシャが居た。
「リンメイさん」
「今日はオーナー、いえ父に代わって来月の警護のハンターの依頼に来たの」
「もうすっかり温泉の看板娘ね」
「看板娘はユニに任せるわ。私は表に出るのはあまり好きじゃないから」
「でも、リンメイさんが温泉を守ればたいていの魔物は脅威じゃないでしょう?」
「それが、最近変わってきたのよ。今までにない魔獣も現れたりして」
「それは私も気になっているの。ここでハンターのランク付けをしているけど、最近はCランク以上でないと敵わない魔獣も現れているようなの。それで王宮側からも衛兵隊の巡回を控えさせたいからって・・」
「どういうこと?」
「今まで以上に魔物が出没して、魔獣対策に衛兵隊も苦慮しているようなの」
「そう・・それで衛兵隊は研修も温泉浸かりにも来なくなってしまったのかな」
「ハーロックさんたちもエランデルに来なくなっちゃったし、エドワールで電気をつくる事業に携わっていて、悠介さんは悠介さんで自動車の開発と販売に忙しいとか」
ナルーシャは寂しそうに言った。
「それにリンスも新しい仕事に就くからと出て行っちゃったから・・」
「リンスが?」
リンメイもワリキュールには遠ざけるように行っていないので、今はどうなっているのかわからないでいる。




