4-8.養女
リンメイがマキギ族のキーリスに『共存』を提案しながら、どうやってケルトン族から守ってやれるか悩んでいると、リンスが現れて
「シームア領に入ってきたケルトン族を、ハーロック様たちが全滅させたから」
と報告した。
「全滅?」
「ケルトン族はシームア領の生き物を殺して自分たちの居住地にするつもりだったらしいわ。これで周りの生き物は襲われることはなくなったから」
そう言ってリンスは戻っていった。
「全滅って・・また極大魔法を使ったのかしら」
リンメイはケルトン族の件に関しては温泉を襲ってきた彼らを追い返す以外に何もしていない。しかし雅則たちがケルトン族を倒したことでマキギ族もケルトン族からの被害を受けることはなくなったのか。マキギ族に共存の相談を持ちかけたのはリンメイのほうからだ。
リンメイはニドルから休みをもらうとマキギ族のキーリスに会いにいった。
馬車でエランデルの街まで行き、そこからマキギ族と出会った山の中に向った。するとキーリスたちマキギ族が現われた。
「ケルトン族は倒されたそうよ」
リンメイはキーリスに報告した。
「それは間違いなさそうだ。我々もその情報を掴んだ。リンメイの仲間が倒してくれたのか?」
「仲間じゃないけど、力になってくれたみたい」
リンメイはまだ自分が雅則たちの仲間に入れてもらったという思いになれないでいる。魔獣や魔族に襲われ、雅則たちに助けられた後、しばらく館で一緒に過ごしたり、ジルと電力会社に行って働いたこともある。雅則たち館に住んでいる者たちはリンメイを同じように仲間として扱ってくれた。しかしい居づらくなって館を出てきてしまった。
「では約束通り、山に戻る。薬草は採っていい」
キーリスはそう言って山に戻っていった。
「これって彼らと共存出来るということ?・・」
リンメイはその帰りにトリルの家を訪ねて帰ることにした。トリルにも報告しておかないとならないだろうと思った。トリルは薬草を採りたいのだ。
隣の薬の店にアーサが居た。
「あら、リンメイ。トリルなら家のほうに居るわ」
アーサがリンメイを笑顔で迎えてくれた。アーサはリンメイが訪ねてきたことで、トリルと仲が深まっていけば、と思った。
「リンメイ。来てくれたんだ」
トリルもリンメイが訪ねてきたことに驚き嬉しく思った。だがリンメイの顔は明るくはなかった。
「マキギ族のことで・・」
「ああ解決しないと薬草も採れないしね」
トリルもまじめな顔に戻った。
「ケルトン族は倒されたそうで、マキギ族は山に帰るって。薬草は採っていいそうよ」
「ほんと?よかった。・・倒されたって・・リンメイの友達って強そうだね」
「私には友達はいないから・・」
「え?」
「報告に来ただけだから・・帰るわ」
リンメイは逃げるようにトリルの家を離れると街に向った。あてがあるわけではなかった。トリルにも報告したが、気持ちは複雑だった。
「これでよかったのかしら」
リンメイは心に戸惑いを持ちながら温泉に戻った。
◇
ユニがニドルに
「リンメイはずっと沈みっぱなしのようだけど、まだ問題があるの?」
と聞いた。
「リンメイの過去が関係しているかもな」
ニドルはリンメイの温泉に来るまでのいきさつを詳しく聞いていない。詮索するつもりはなかった。しかしリンメイを手放したくないという思いを強くしていったニドルは、リンメイが去っていくのを恐れた。
「リンメイ」
「はい」
「私の養女にならないか」
「え?・・」
突然、ニドルに言われてリンメイは唖然とした。
「リンメイの生い立ちとか、今までに何があったのかとか、何も知らない。聞くつもりもなかった。だが・・リンメイには傍に居て欲しいんだ」
「オーナー」
「今さら隠してもしょうがないから言うが、私には妻と娘がいた。二人はエルフを助けようとして人族の手にかかってしまった。ショックだった。まさか人族に命を奪われるとは
・・しばらく人族を恨んでいた。だが、二人が戻ってくることはない。二人も温泉で人々を癒せることを喜んでいた。その思いを継ぐことで私の生きる糧にしようと思い、今に至っている」
リンメイはニドルに打ち明けられた。
「ユニも身寄りがなくてね。私が引き取って働いてもらっている。どうだろう、リンメイとユニを正式に養女に迎え入れたいと思っているんだが、なってもらえないだろうか」
「ユニとですか?」
リンメイは迷っていた。ニドルに長く温泉で雇って欲しいとお願いした。もともとは故郷やワリキュールやエドワールから居場所を求めて逃げてきた身だ。
自分ひとりなら、この先どうにでもなるという思いもあるが、ニドルから養女になってほしいと言われた。迷うところだが、ユニと二人で娘になって欲しいと言われた。それはリンメイの心を動かした。自分ひとりではないことに。ニドルやユニの生き様と照らし合わせて、みんな同じように悩みやつらい思いも抱いているのだろうと。
それはリンメイの運命を左右させることになっていく。
「私は他人には話したくない過去があります。ワリキュールから出て来たと言ったけど、本当はスラーレン法国から出てきたんです」
リンメイは打ち明けた。
「そうだったんだ。しかし・・そうかも知れないという疑念は抱いていた。それに、リンメイの人柄はわかっている。たとえ、どんな過去を持っていようと。・・ここで新しい生き方をしてみないか」
リンメイは
「私の過去を聞いてくれますか? それでも娘にしてくれるなら、よろしくお願いします」
リンメイはニドルに自分の生い立ちとエドワールで冒険者になったいきさつ、そしてスラーレン法国やワリキュール国を離れてきた理由を話した。
「ハーロックさん、悠介さん、美緒さんたちにもお世話になりました。でも・・いろいろあって気持ちの整理がつかずに出てきてしまったんです」
「話してくれてありがとう。リンメイの過去もユニの過去も全て受け入れよう。あらためて養女になって欲しい」
ユニもニドルの養女になることを喜んだ。
「私も早くに両親を亡くしたので、オーナーに拾ってもらって嬉しかったの」
「ユニ。これからもよろしくね」
そしてリンメイとユニはニドルの養女になった。
◇
数日後、トリルがまたニドルを訪ねてきた。
ニドルがリンメイとユニを養女にしたことを、アーサとトリルにも知らせていた。
「リンメイのお陰で薬草を採ることが出来るようになった。でもどんな魔物が現われるか心配だから、薬草を採りに行く時はまたリンメイを誘っていい?」
トリルがニドルに頼んでいた。
「もちろん。リンメイが居てくれてよかったな。それでリンメイとも仲を深められそうか?」
「それが・・僕はそういうのは苦手で。特に女性は・・」
「だらしない男だ。だからアーサもトリルの将来を心配しているんだ」
ニドルにそう言われるとトリルは何も言い返せなかった。
「いつでも誘ってやってくれ。そのほうがリンメイも気分転換出来ていいだろう」
リンメイはニドルが建てたはいいが、本館より魔物が周りに出そうな新館の見回りに行っていた。このまま放置しておいてももったいないと思った。それにエランデル国とワリキュール王国の交流も深まり始めて、温泉客も増えている。
本館と新館を結ぶ道路はニドルが整備して馬車で行き来出来るが、途中に魔物が出る確率は本館とエランデルの街の間より多い。リンメイからすればたいした脅威になるような魔物は少ないが。
「マジックアロー(魔法の矢)」
飛び出してくる魔物や、飛び蟻などを倒しながら、徒歩で新館に向かった。火炎魔法で倒してもいいが、山火事を起こすわけにはいかない。
そして本館に戻ってくるとトリルが来ていた。
リンメイはニドルに
「近辺の魔物は結構出るけど、新館は荒らされていなかったわ。衛兵隊やハンターたちの研修センターを兼ねる案はいいと思う」
と報告した。研修センターの案は美緒の発案だった。
「そうか。じゃあギルド協会を通じて報告しておこう」
リンメイはトリルから。
「今日は薬草を採りに行く時にリンメイを誘っていいか、おじさんに頼みに来たんだ」
といわれた。
「そう」
「おじさんは承知してくれたけど、頼める?」
「オーナー、ううん、お父さんがいいと言えばいいけど」
リンメイはまだニドルを「お父さん」と呼ぶのは照れくさかった。
「よかった。それと、もしよかったら街を案内したいけど。あまり案内したいところがあるわけじゃないけど。それにリンメイがもう街を散策しているなら誘ってもしょうがないけど・・」
それにはリンメイも返事に困った。
「だめだな僕は。こういうのは苦手で。だから今でも一人身だ」
トリルは苦笑いをした。
するとリンメイはニドルから
「たまにはトリルと付き合ってやってくれ」
と言われた。リンメイも異性と2人になるのは苦手だった。
◇
その後、リンメイとユニはニドルから
「二人に新しい服を買ってやろう」
と言われた。するとユニが
「お店なら私が教えてあげてもいいわ」
と言った。
リンメイとユニは月に1回はニドルから休みをもらっていた。ユニはエランデルの街に遊びに出るのを楽しみにしている。魔法も使えないユニは人族として弱いほうだが、温泉との行き来はハンターが護衛してくれる馬車を以前から利用している。だからリンメイも心配はしていない。
「よし、温泉の休みにみんなで街に出かけてこよう」
「わあ、うれしい」
ユニは子供のように喜んだ。
ニドルは温泉も10日に1回は休館日を設けた。これは以前美緒が温泉に来たときに、ニドルが働き方について聞いていたことがきっかけだった。
ニドルは御者も出来る。休みに3人でエランデルの街に出かけた。普段は護衛にギルドハンターを雇うがリンメイが居ればその必要はない。
途中
「あれ、魔物?」
とユニが空を見て言った。
「フライアントラー(飛び蟻)だな。何処から出てくるんだ」
ニドルも確認した。
リンメイは襲ってくるフライアントラーを魔法の矢で倒していった。
「リンメイが居てくれてよかった。私は魔法が使えないから、街に行く時はハンターを頼まないといけなかったんだ。いや、そのためにリンメイを娘にしたいと思っているわけではない」
ニドルは誤解のないようにリンメイに言った。
「わかってます」
街に着くと
「私はアーサに会ってくるから、2人で買い物をしてきなさい」
とニドルが言うと
「はぁい」
ユニが嬉しそうにこたえ
「お姉さん、行こう」
とリンメイの腕を誘うように掴んだ。
「う、うん」
ユニはリンメイと揃ってニドルの養女にしてもらっため、リンメイを「お姉さん」と呼んでくれる。リンメイにはくすぐったいことだった。一人っ子のリンメイには妹が出来たことも慣れない事のひとつでもあった。
リンメイがニナに引かれるように街中に向かうと、ニドルは女物の買い物をユニとリンメイに任せてアーサに会いに行った。一緒に店に入るのは照れる。
リンメイはユニと買い物を楽しんだ。こういう過ごし方は今までしたことがなかった。リンメイは一人っ子だったし、家族というこもをろくに知らないで大きくなった。
買い物を済ませてアーサの家に行くと、お昼はニドルと3人で街の食事処に入った。
「たまに街に出てくるのが楽しみでね。しかしエランデルも変わった。SL鉄道や飛行船でワリキュール国からも人が入ってくるようになった。おかげで温泉の客も増えたし」
ニドルは街が発展することを喜んでいた。リンメイは雅則や悠介が新しいものを作り出している結果であることを知っている。ただ、彼らがそうすることに一方では戸惑っていることも聞いていた。暮らしは彼らが来たことで一変しはじめたからだ。
しかし幸いというか、エランデル国はまだ電気の明かりも自動車もない。昔からの生活だ。SLや飛行船により、ワリキュール国と交流が増えたのは間違いないが。
「ジーンズもお店に入ってきたのよ」
ユニが嬉しそうに言った。
「ジーンズ?」
「お姉さんが穿いているボトムス。格好よくって動きやすくって、私とお姉さんのも買ったの。男物もあるからお義父さんも似合うと思うわ」
ジーンズは悠介が発案し、織物製造職人や仕立て屋に頼んで作ってもらったもので、その後ワリキュールで製造・販売が開始されると評判になって売上を伸ばした。そしてジーンズはエランデルやエドワールでもお店が出来るようになっていた。リンメイも美緒や悠介にジーンズをつくってもらってから穿いていた。
「じゃあ私も帰りに寄ってみるか」
ニドルもユニもまるで本当の親子にように屈託無く話し、楽しい時間を過ごしている。
「リンメイ、ジーンズもワリキュールから入ってきたらしいけど、ワリキュールっていいところ?」
ユニに聞かれて
「そうね・・いいところよ」
とあいまいにこたえた。
ユニもワリキュールに興味を持ち始め
「いつか行ってみたいな。いつか、連れて行ってくれない?」
とリンメイに頼んだ。
「う、うん、そのうちね」
リンメイはスラーレン出身であることをユニにはまだ打ち明けていない。
本当の親子、姉妹になるには、まだ時間が足りなかった。
◇
リンメイはニドルの養女になったことで、温泉の警護だけでなくユニと一緒に全般の仕事に関わった。お風呂や部屋の掃除はもちろん、温泉客の送迎にも関わるようになった。人見知りだった性格も客たちと接しているうちに変わり始め、明るくなっていった。
そんなある日、馬車が温泉の玄関脇に入ってきた。御者はリンスだった。隣にはリサも座っていた。
温泉までの街道は魔物が出やすい。リンスが警護で御者をしてきたのか、それとも誰か見知る者を乗せてきたのか、迎えに玄関を出て行くと
「いらっしゃいませ。・・ハーロックさま・・」
乗っていたのは雅則とナルーシャだった。
「元気そうだね」
雅則から声をかけられた。
「はい。・・」
突然やってきた雅則に、リンメイは言葉がなかった。
雅則も、それ以上リンメイに言葉をかけずに玄関を入るとニドルに挨拶した。
「またお世話になります」
「いつでもおいでください。今日はナルーシャと・・」
「またエランデルに来る機会が出来て、ナルーシャともめったに会えないから一緒につれてきただけだから」
雅則は誤解のないようにニドルに言っていた。
ナルーシャはリサとリンスと女子風呂に入った。ナルーシャもリンメイがニドルの娘になったことを聞いている。
雅則は風呂から上がると、ニドルの接待を受けた。
「リンメイを養女にしました。ハーロックさんとも縁があるそうで」
「本人から詳しい話は聞いていないんですか?まあ、そう話したいことではないだろうけど」
「温泉はハーロックさんや美緒さんたちに助けられてきたし、縁で結ばれているような。彼女はいい娘でね。手放したくなくなって・・」
「リンメイはニドルさんに出会えて、養女にしてもらってよかったと思う。よろしくお願いします」
雅則もニドルに頭を下げていた。
それは雅則もリンメイの過去を知っているから、他人事には思えないからだと、ニドルは思った。
ユニが雅則とニドルに飲み物を用意して持っていった。
「ユニという。リンメイと一緒に養女にした」
ニドルが紹介するとユニも
「ユニです。ハーロック様の話はオーナー、いえ父から聞いています。よろしくお願いします」
と雅則に挨拶した。
「2人も養女に出来て、ニドルがうらやましい」
「照れるわい。あ、は、は」
ナルーシャも温泉から上がってくると雅則は帰ることにした。
リンメイは帰ろうとする雅則に声をかけた。だが、話したいことはいろいろあるように思うが、何を伝えればいいのか自分でもわからないでいた。
すると雅則から
「リンメイが幸せなら俺は安心していられるから。来たい時にはいつでも館にくればいい」
と声をかけてくれた。
「はい」
リンメイは心が休まる思いがした。
リンメイは今は冒険者をやめて、ニドルの娘として温泉に携わっていた。
だが、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。新たな脅威がエランデル国に、シームア領に迫っていた。




