第59話 海港都市の現状
「イグナイト商会のアグニ・イグナイト……」
その名を耳にしたアシュラの心がざわつく。
正確には、アシュラの中にいるカーリーの魂が。
そんな今にも殺気が漏れそうなアシュラの異変にすぐさま気付いたフォルテュナが、咄嗟に機転を利かせる。アグニの視界からアシュラを隠すように、ススッと2人の間に割って入ったのだ。
「すみません、イグナイトさん。彼はその……少し人見知りなところがありますので、私が対応させていただきます」
「そうでしたの。それではその威嚇じみた雰囲気も仕方ありませんわね」
さすがに誤魔化しきれなかったが、フォルテュナのナイスリカバリーである。
「ごめんなさい……ご理解いただけると助かります」
「いいのよ、誰だって初対面に対して警戒感を持つものよ。それよりもまずここから移動しましょう。私もあまり衆目に晒されるのは好きではありませんの」
アグニは踵を返し、入場門へと歩いていく。
フォルテュナもまたアシュラへと向き直り、顔を近づける。
「駄目じゃないアシュラ、カーリー。気持ちはわかるけど、今はまだ耐えて」
「あぁ、ごめんフォル……カーリーの魂に揺さぶられてつい……」
「まったくもう……ここから先は私が話するから、2人は大人しくしててね」
フォルテュナから注意を受け、アシュラは指示に従う事にした。
「ククルも大丈夫? それじゃついていきましょう。いつ門をくぐれるかわからない行列から抜けられたのは僥倖よ」
フォルテュナの前向きな発言に、アシュラとククルは静かに頷く。
ルーナとセレーネも狼化したままだが、今は落ち着いた様子だ。
こうして思わぬ形でカーリーの怨敵と接触したが、アシュラ達にとっては、都市に入ってから調べる手間が省けたのは僥倖であった。
一行はそのままアグニについていき、時間の掛かるはずだった行列を横目に都市の門をくぐり抜ける事に成功したのであった。
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入場門をくぐり抜け、アシュラ達は海港都市メリアスに入った。
「やはり凄い賑わいです……ですけど」
ここは交易港の拠点として有名な都市。他種族が行き交う賑わいに溢れたイメージを持っていただけに、言葉を濁したフォルテュナの気持ちもわからなくもない。
「何処に目を向けても奴隷ばかり……なのですぅ」
ククルが怯えるように、フォルテュナの言葉を引き継いだ。
その様子を見たアグニが、クスリと笑みを浮かべてる。
「皆様はメリアスに来られるのは初めてかしら?」
「……えぇ、そうですね」
アグニの問い掛けにフォルテュナが気まずそうに応える。
すぐ後ろには、ククルの両肩にしがみつく狼の子供、ルーナとセレーネがいる。2人はすっかり委縮してしまい、目を瞑り身体を震わせていた。
だがそんな事などつゆ知らず、アグニは自慢気に会話を進めていく。
「そう、なら仕方ありませんわね。ここは交易の拠点ですわ。交易品の運搬には多くの人手が必要なこの街では、奴隷を従えている業者が往来する事は極めて普通なのです」
業者が従えている奴隷達は、年齢的に若い獣人が多く、その大半が大きな荷物の運搬役を担っていた。しかも食事もロクに与えて貰えていないのか、顔色も悪く、身体も健康的とは言えないほどやせ細った者ばかり。まるで誰もが生ける屍といった様相を呈していた。
「これが普通……ですか。私には生き地獄にしか見えないです」
フォルテュナが言葉に嫌悪感を滲ませた。
「さて、ここが我がイグナイト商会の事務所になりますわ」
アグニはフォルテュナの様子など気にする事もなく、事務所前で足を止めた。
だがフォルテュナはイグナイト商会を前にしてひとつの疑問を呈した。
「事情を聞くのにイグナイトさんの事務所……ですか?」
「えぇ、そうよ? 何かご不満がおありで?」
「いえ……てっきり都市の統括ギルドとかで話するのかと思いまして」
「本来ならそうね。でも今はイグナイト商会がこの都市の保全管理を任されているの。統括ギルドは交易品や業者の出入りの記録管理だから、今回の件は管轄外なのよ」
アグニの言葉にフォルテュナは言葉を失う。
都市の保全管理……という事は、ブラフマ狼国領に行く為の転移門もまた、彼女達の管理下にあるという事なのだ。
(やっぱりこうなるんだな)
《チッ……この女狐の事だ、狼国領にそう簡単に行かせてはくれまい》
アシュラもカーリーも、呆れた様子でアグニを一瞥していた。
「それではこちらへどうぞ……と、その前にひとついいかしら?」
商会事務所へと足を運ぼうとしたその時、アグニはククルに話掛けた。
「ごめんなさい、事務所への動物同伴は禁止してるの。だからその子と狼は外でお待ちいただけるかしら」
ククルはルーナ達を抱き抱える腕に力が入る。それは入室許可が下りなかった事に対してではなく、アグニのルーナ達を見る目が、あまりにも冷たかったからだ。
「……わかりました」
フォルテュナはやむなく彼女の指示に従う事にした。
そうでなければ先に進めない事もさながら、アグニからいろいろと情報を得る事が出来ないのだ。
「アシュラ、ククルと子供達をお願いしてもいいかしら」
「……はい? まさかフォルだけで行くのか?」
アシュラは耳を疑った。敵本部に彼女ひとり送り出すなど不安しかない。
「えぇ。ククルとこの子達だけにするのは、あまりいい予感がしないのよ。万が一の事があって、ククルの能力を晒すのも得策ではないわ。だからアシュラに護衛してて欲しいの」
「いや、でもフォルだけで中に行くのも……」
「少なくとも今回は大丈夫よ。入場門前での騒動の顛末を話するだけだもの。それに、今のアシュラを中に入れる方がよっぽど危険よ? 迂闊に暴れられたら、転移門どころの話ではなくなるわ」
フォルテュナの言う事は尤もだった。
アグニを、イグナイト商会を叩き潰すのはまだ今ではないのだ。
「わかった。俺はククル達を護衛しながらここで待機してるよ」
「ありがとう。ククル達をお願いね」
話を終えたフォルテュナは踵を返し、アグニと共にイグナイト商会へと入っていった。
「フォルさん……」
ククルが不安そうに、フォルが入っていった事務所の入り口を見続けている。
アシュラはそんなククルの頭を優しく撫でながら話掛ける。
「大丈夫だよククル。彼女は俺達の『幸運の女神様』なんだから」
「そうですね……ってルーナ、セレーネ、くすぐったいですぅ」
不安を拭いきれないククルを元気づけようと、ルーナとセレーネは彼女の頬を全力で舐めるのであった。
すみません、あまり話が進みませんでした(´・ω・`)
通常は次回予告するのですが、過去回の改稿を最優先に進める為に一旦不定期更新になります。ですが改稿も更新も、あまり間隔を開けるつもりはありませんので、時折チェックして頂ければ幸いと存じますm(__)m
いつもお読みいただき本当にありがとうございますm(__)m




