第58話 接触
「「「ほえぇ~~~~………」」」
アシュラ達は、都市の入場門に並ぶ人の多さに感嘆の声をあげた。
それもそのはず。何せ入場門までどれくらい待たされるのか、全くわからないくらいの長蛇の列が出来ていたのだ。
(カーリー、ここっていつもこんな感じなのか?)
《ここはな、一旗揚げようって商売根性の逞しい連中が、それこそ国中から集まる都市だ。そこに加えて入場門はたったひとつだ。そう考えればこんなもんじゃないか?》
アシュラ御一行の中で、最もこの国に精通した知識を持つカーリーからしても、この行列は普通らしい。
アシュラは渋々行列に加わり、早く入場できる事を祈るしかなかった。
(ルーナとセレーネの狼化も、いつまで続くか不安なんだよなぁ……)
アシュラは狼化している2人の子供達を見る。
今はククルの両手に抱えられ、大人しくしているルーナとセレーネ。ここに辿り着くまで賑やかだった2人が静かにしているのは、やはり自分達が捕まっていたとされる場所に戻ってきた事による不安からくるのだろう。ふさふさの尻尾がすっかり垂れ下がってしまい、すっかり元気を失くしてしまっていた。
《そのあたりは心配しなくても大丈夫だ。狼化は魔力を継続して使い続ける術じゃない。気持ちが極度に昂ったり動揺する事さえなければバレる事はないはずだ》
(そっか、ならいいんだけど……)
しかし、やはりこの世界はアシュラ達を静観してくれる事はないようだ。
今心配すべきは、狼幼女達よりフォルテュナとククルの身の安全の方だった。
「嬢ちゃん、なかなか別嬪さんじゃねぇか。そんなひょろっちい小僧は放っておいて、俺達と一緒に遊ばねぇか?」
アシュラ達の後方に並んでいた旅の行商人らしい複数人の男達から声を掛けられていた。標的は当然の如くフォルテュナである。
「いいえ、結構です」
まるで興味無しといった様子で受け流すフォルテュナだが、そうは簡単に引き下がってくれる程甘い連中ではないようだ。
「そんな事言うなって。黒髪のガキやペット飼いの幼女なんかと一緒にいるよりよっぽど楽しませてやれるぜ?」
「だから結構です。他を当たってください」
フォルテュナは取り付く島もない様子で彼等を一瞥すると、興味などまるでないと言わんばかりにアシュラへと身を寄せていく。
周囲に不穏な空気が流れ始めた。
その前後に並んでいる人々は、我関せずと言わんばかりに距離を置き始める。
「俺達が遊んでやるっつってんのに調子に乗ってんじゃねぇぞ? おぃクソガキ。てめぇは邪魔だからよ、女を置いてさっさとどっか行っちまえや」
フォルテュナが身を寄せた逆側の肩を掴んで、力任せに振り向かせようとする行商人。アシュラはイラッとしてその手を振り解こうとしたのだが……
ガプッ
狼化したルーナがその腕に噛みついた。
「ぐるるるぅぅぅ!!(アシュラさん達に何するの!!)」
ククルに抱えられる程度のサイズでしかないルーナだが、それでも狼である事には変わりない。本気で噛みつけば、その牙は当然のように皮膚を貫くのだ。
「ぐあぁ!? おぃ緑髪の女、犬の躾くらいしとけやボケが!」
行商人はルーナを振り払い、勢いそのままにククルを殴りつけた。
「きゃあっ!!!」
通常なら行商人程度の暴行など大した脅威でもなんでもない。多少腕が立つとしても、所詮は行商人でしかない。だがククルはルーナとセレーネを抱えていた。2人を傷つけまいと抱き抱え庇ったのだ。
結果、ククルはその拳を側頭部に受けてしまった。気を失ってはいないが、2人を庇ったがために受け身も取れず、顔から地面に倒れたのだ。
周囲は騒然とし始めた。
どこからか「警備兵を呼べ!」という声も聞こえてきた。
しかし周囲などお構いなしに、行商人は意地でもフォルテュナを連れ出そうとした。
「おぃ女! さっさと一緒にこいや! これ以上騒ぎに……」
しかし、こうなっていつまでも黙っているアシュラではなかった。
フォルテュナにつかみかかろうとする行商人の腕を、払いのけるのではなく、がっちりと掴み取る。行商人はその手を払いのけようとするが、アシュラの腕力にビクともしなかった。
「クソガキがっ手を離しやがあああぁぁ!!?」
アシュラの握力が強まっていく。掴まれた腕の骨はミシミシと軋みをあげる。
「……謝れ」
クロの能力増大によって変化しているアシュラの黒髪が揺らめく。
「ククルに謝れ」
同じく黒く変化した瞳が揺れる。その内側にうっすらと銀色が滲んでみえた。
「ぎゃあぁぁぁ折れる折れる折れるぅ! わわわかったから離してくれえぇ!!」
腕の中からピシリと亀裂が入る音が鳴った所で、アシュラは手を離した。
行商人は腰を抜かして地面に尻もちをつくと、そのまま後ずさりしていく。
「ひいぃ!!? ああ謝るからゆ許してくれぇ!」
「傷ついて血を流しているのは俺じゃない。違うか?」
「ひひやあああぁぁぁ!!」
すでにアシュラの言葉すら耳に入らないのか、行商人は仲間を連れてその場から逃げ出していく。
「俺はククルに謝れと言って」
《アシュラ、そこまでだ!!》
今にもクロの能力『超加速』『超破壊』を行使しかねないと判断したカーリーが止めに入った。
《あんな雑魚なんぞどうでもいい、ククルの方が大切なはずだろ?》
すでにフォルテュナが彼女を抱えて治癒魔法で治している。
そしてルーナ達はククルを心配そうに寄り添っていた。
それを見たアシュラは冷静になり、皆に近寄っていく。
「フォル、怪我の方は」
「えぇ、怪我はすぐ治るから大丈夫よ」
「そうか……ククル、ごめんな。俺がもっと早く対処してれば」
アシュラが悔しそうにしていると、ククルの手がアシュラの頬に触れた。
「ククルは大丈夫ですぅ。だからこのくらいで泣いちゃ駄目なのですぅ」
「え……?」
アシュラの頬を伝う涙。
「クウゥ~~ン(アシュラさん、お優しいのですね)」
「ガウッ!!(私がなめとってあげるっ!)」
セレーネがアシュラの頬をおもむろに舐め始めた。
「ははは、くすぐったいよ。ありがと、セレ……」
「騒ぎはこちらでよろしいのかしら?」
アシュラの背後から声が掛かった。
おそらくは警備兵だと思い、セレーネを落ち着かせて振り向く。
「すでに相手方はお逃げになってるようですわね」
「あ、はい……そうですっ!?」
ズクンッ
アシュラの鼓動が早まる。
落ち着いた怒りにも似た感情が、胸の奥底から湧き上がるのを感じる。
「こんな所で騒ぎを起こされても困りますわ……でも貴方達は被害者だと伺っています。それは間違いありませんでしょうか?」
ズクンッ ズクンッ
「あ……ああ、間違いない……」
鼓動が早まる。
アシュラはすでに理解していた。
全く面識もないのに、心の奥底から沸々と湧き上がる負の感情。
これは、カーリーの感情だ。
本人は何も喋らない。だがその魂から流れ出る激情は、言わずとも理解できた。
だがそんな事など気にする様子もなく、アシュラに話しかけてくる。
「そうですか……詳しいお話をお聞きしたいので、よろしければご同行願いませんかしら? 列に並ぶ必要はございませんわ」
「……わかった。そうさせて貰う」
アシュラの返答に、カーリーの感情が揺れる。
(カーリー、心配するな。並ぶ手間が省けるし、相手の本拠地を知るいい機会だ)
アシュラの声に呼応してのか、声には出さず鼓動を落ち着かせていく。
「俺はアシュラだ。君の名前をまだ聞いていないんだが」
アシュラは先に歩を進め始めていた女性が足を止め、全てを燃やし尽くしそうなほど紅い髪をかきあげながら、彼女は言った。
「私は、イグナイト商会のアグニ・イグナイトですわ」
次回更新は11月22日 26時頃になると思います。
それまでに改稿も少し進めるつもりでいます。
いつもお読みいただき本当にありがとうございますm(__)m




