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第60話  交渉

 すみません、お待たせして申し訳ございませんでしたm(__)m


 え? 別に待ってない?(泣)





 「さぁどうぞ」


 「……失礼しますぅ」


 緊張の為か、語尾がククル調になってしまったフォルテュナ。カーリーの怨敵アグニとの思わぬ接触から、瞬く間にイグナイト商会の事務所に入るまでに至ってしまった。


 「普通の事務所だけど、お気になさらないでね」


 彼女の言う通り、中は至って普通の事務所……ではなかった。


 扉をくぐると、壁は鮮やかなピンク一色。

 およそ10レール四方の広い部屋の奥には貴族ご用達感のある木製の机と椅子、中央部には来賓用であろう水晶のような透明感のあるテーブルと真赤なソファーが並んでいる。そして所々に調度品が壁際に所狭しと置かれていた。


 (これのどこが普通の事務所よ……攻撃色が強すぎて目が痛いわ)


 フォルテュナはおそるおそる赤いソファーに座る。


 「少しお待ちになってて。今、飲物を用意するわ」


 「いえ、お構いなく。連れが外で待っていますので」


 フォルテュナが断りを入れるが、アグニは構わず2人分のお茶を持ってきた。

 それをテーブルの上に置くと、フォルテュナの対面のソファーに腰をおろした。


 「改めまして、イグナイト商会会長を務めます、アグニ・イグナイトですわ」


 「そういえば自己紹介してませんでしたね……冒険者のフォルトです」


 フォルテュナは神族の村で馴染んでいた偽名を使う事にすると決めていた。

 

 「フォルトさんね。それでは早速だけど、入場門での経緯を嘘偽りなくお教えくださいまし。私としても報告書にまとめなければいけませんの」


 「わかりました」


 アシュラ達を外に放置しておきたくない気持ちに駆られ、フォルテュナは至ってシンプルに説明する事にした。


 入口の行列に並んでいたら行商人らしい男にナンパされ、怒った狼が噛みつき、飼い主のククルが殴られ、自分を無理矢理連れ出そうとし、アシュラがキレて圧力をかけた。……といった感じで。


 「ありがとうございます。簡潔で分かり易くて助かりますわ」


 だが以外にもアグニには好評だったようだ。


 「逃げた方々に見覚えのある者は居ませんでしたので、恐らく新参者かと思われます。あの騒ぎで暫くは街に入らないと思いますが、外出の際は念の為気を付けてくださいまし」


 「わかりました。単独で外出するのは避けておきます」


 彼等は新顔の行商人だったようだ。しかし目撃情報があっても、衛兵が直接見たわけではない為、素知らぬフリをしていれば入場門は通過してくるだろう。

 アシュラ達が警戒すべきは、何よりも彼等による報復行動。ナンパに巻き込まれただけで余計な悩みが増えた事に、フォルテュナはげんなりしていた。


 「基本的には夜の外出を控えていれば大丈夫だと思いますわ」


 アグニはお茶を一口啜り、一呼吸置く。

 ここからが転移門を使わせてもらう為の交渉だと、フォルテュナは内心息巻いた。


 「もし差し支えなければ、この街にいらっしゃった理由をお聞きしても?」


 (きたっ! でもまずは様子見よ。物別れに終わらないようにしなきゃ……)


 フォルテュナは慎重に話を運ぶ為に言葉を選びながらゆっくりと話出した。


 「私達はまだ駆け出しの冒険者なのですが、住んでいた田舎から半ば無理矢理出てきた身です。そこで、一度この国から離れて、新しい環境の元で冒険したいと思い、転移門のあるこのメリアスに訪れた次第です」


 「なるほど、冒険者ですか。稼ぐ為には危険を伴う職業ですが、余計な(しがらみ)に囚われない自由がありますわ。私共のような仕事をしていると、そういうのも羨ましい限りですわね」


 アグニはいわば管理職。そういった自由に動ける時間など皆無なだけに、彼女には冒険者という職業が羨ましく映ったようだ。


 「貴方達がご所望の転移門は、基本的に私が管理していますわ。本来なら転移するにも費用が発生しますが、今回横暴な行商人によって被害を被った貴女達に、同業者としてのお詫びではありませんが、無償でご利用いただく事もやぶさかではないと思ってますわ」


 「ほ、本当ですか!?」


 まさかの快諾。フォルテュナはこんなにもあっさり、しかも無償で使わせてもらえるとは思っていなかっただけに、満面の笑みを浮かべた。


 「……本当に綺麗なお顔ですわね」


 「……え?」


 そんなフォルトを、アグニは獰猛な肉食獣のような眼で見詰める。

 彼女の眼を見た瞬間、強烈な悪寒が背筋を走り抜けるのを感じた。


 その眼の奥で燻るのは、『美』に対する嫉妬と渇望。

 だがそれに気づくのはまだ先の話である。


 「あ、いえ、何でもないですわ。ところで、転移門でどちらにいかれるのです?」


 「皆で相談した結果、ブラフマ狼国領に行こうと思っています」


 ブラフマ狼国領。この言葉を聞いて、彼女はどんな反応を見せるのか……

 カーリーの言う通りであれば、アグニの様子は一変すると考えていた。


 「ブラフマ狼国領……ですか」


 何か考えこむように、アグニは俯いてしまった。

 いきなりの交渉で毛嫌いしているであろう獣人国家の名を出すのは、やはり尚早だったかとフォルトは少し心配になったが、この場ではそれは杞憂に終わる事となった。


 「獣人族はあれでいて温厚な方々です。初めての国外としては悪くない選択だと、私も思いますわ」


 まさに拍子抜けであったが、彼女は奴隷商の元締め。

 何よりもカーリーとの謎めいた過去もある。

 そして先程の眼……


 この街を出るまで、四六時中気を緩める事ができない。

 そんな不安に駆られるフォルテュナであった。


 「ありがとうございます。それでその、転移門はいつ使えますか?」


 「転移門については先約もございます。5日ほどお待ちいただく事になりますけど、よろしいかしら?」


 5日……観光であれば短く感じるかも知れないが、今は理不尽な報復から身を守らなければいけない立場。そしてアグニの本拠地であり、奴隷が馬車馬の如く働かされている街。


 ここでの生活は、フォルテュナは勿論、皆にとって苦痛の5日間となるだろう。

 特にルーナたち狼人姉妹にとっては、辛い時間になるかも知れない。


 そんな気持ちからか、フォルテュナは焦りを覚え催促を試みる事にした。


 「願わくば、早めに動きたいので、もし予定が前倒しできたらお願いできますか?」


 「わかりましたわ。それではこちらからもひとつお願いがございますわ。後日ふたりだけでお食事したいのですが、よろしいかしら?」


 「ふたりだけで……ですか?」


 「そうですわ。私、フォルトさんが気に入りましたの。食事がてらゆっくりお話したいと思いまして……駄目でしょうか?」


 フォルテュナは内心、激しく動揺した。

 まさかこの街で最も警戒すべき相手から食事に誘われたのだ。

 先程の『眼』の事もある。何事もなく済む気がしないのだ。

 だがこれを断れば、滞在期間が延びてしまうかも知れない。

 そうなれば皆の精神的な負担が大きくなってしまうだろう。


 逆に考えれば、相手の情報を聞き出す絶好の機会である。

 ブラフマ狼国領の情報も手に入るかも知れない。


 結果、彼女の思考から、皆に相談するという選択肢が抜け落ちてしまった。


 「わかりました。転移門の事もありますが、お断りする理由もありませんので」


 「良かったですわ。そうすれば明日の夕方、この事務所にお越しくださいまし」


 「わかりました。明日、楽しみにしてますね」


 「うふふ、私も明日の晩餐が楽しみですわ」


 2人は約束を交わし、この日の交渉は終わりを告げた。


 先にアグニが扉へと歩いていき、フォルテュナを誘導する。

 そしてその後ろをついていくフォルテュナだったが、ふと違和感に気がついた。


 (ん……これは何だろ? 黒焦げの物体? 皮……?)


 足元に落ちていた小さな黒い欠片。

 フォルテュナはそれを拾い、咄嗟にポケットへと押し込んだ。

 幸いアグニには気づかれていない。


 「フォルトさん、お気をつけて。また明日お会いしましょう」


 「あ、はぃ。転移門の件、どうかよろしくお願いします」


 「お任せくださいまし」


 こうして、アグニとの交渉を終えたフォルテュナ。




 この約束がさらに厄介事に発展するなど、フォルテュナは知る由もなかった。




 前回更新から間隔が空いてしまい、申し訳ありませんでしたm(__)m


 言い訳としては、この後の展開に悩んだり、改稿に手間取ったり、新作に着手してしまったりといった感じです、はい。


 次回は今回ほど間隔を開けるつもりはありませんので、少しだけお待ちください。


 いつもお読みいただき本当にありがとうございますm(__)m

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