第49話 ブラフマ狼国領主の凶行
アシュラが悶絶するほどの背中の発熱が収束しはじめた。
ひたすら気張って集中していたカーリーが、我に戻ったのだ。
《ぬはあぁーー!! どうだアシュラ、変化はあったか?》
「変化はあったか? じゃない! 背中が凄く熱かったんだぞ!!」
《という事は変化したのだな? ぬふふー、褒めてくれていいんだゾ》
「絶対に褒めてたまるか!!」
《頑張ったのにそれは酷くない!?》
アシュラとカーリーが目に見えない言い争いをする中、フォルテュナとククルは歩き出したセレーネの耳に意識を持っていかれていた。
「ルーナちゃん、あなた達は獣人族だったの?」
「はい、気がついてませんでした?」
「気がつかなかったですぅ……獣人族さんなのですぅ」
とセレーネを見たフォルテュナとククルは、ルーナと話している。
助け出したままの身なりだったルーナとセレーネは、髪の毛も伸び放題でボサボサだった為に、獣人族の特徴たる耳が隠れてしまっていた。だから3人が誰も気がつかないのも仕方のない事だった。
かくいうセレーネはというと、さっきまで衰弱していたとは思えない足取りで、とてとてとアシュラに近寄っていく。キラキラと喜びに満ちた瞳で、まるで王子様にでも出会ったような笑顔を見せながら。
「くんくん」
そしてアシュラの足元で立ち止まると、セレーネはおもむろに彼の身体に鼻を寄せて、匂いを嗅ぎ始めた。
「酷いも何も背中に火が……って、ん?」
「くんくん、くんくん」
自分の中に意識を置くあまり、首元に鼻息が掛かるまでセレーネに気がつかなかったアシュラだったが、突然人の匂いを嗅ぐその姿に、かつてのカーリーの姿が一瞬だけ被ってみえた。
「カーリ……じゃなくてえっと……何してるのかな?」
「おにーちゃん、おねーちゃんと同じにおいするの!」
セレーネは満面の笑みでアシュラの問いに答える。
「同じ匂い? それはどういう……!?」
その時セレーネの頭部に生えた耳がピーンと立っていた事で、この子が獣人族だという事にようやく気がついたようだ。
「やさしくて、あったかくて、しあわせなにおいなの!」
「へ、へぇ……そうなんだ。俺にはよくわからないけど……」
「それとね、ずっとくんくんしたくなるにおいなの!!」
胡坐をかいていたアシュラの真正面から、セレーネは身体を預けるようにしてぎゅっと抱きつく。
「くんくん、くんくん……セレーナ、しあわせー……」
アシュラは助けを求めるように、フォルテュナに目配せしたのだが……
「アシュラ……たった今貴方に、体臭による獣人族洗脳疑惑が浮上したわ」
「いくら何でも理不尽すぎるっ!!」
少しの間、必死に冤罪を訴えるアシュラであった。
*****
「あの、私の名前はルーナです。アシュラ様、私達姉妹を助けていただき本当にありがとうございました!」
「ありがとー、アシュラさま!」
フォルテュナのヤキモチによる冤罪騒ぎが収まり、ようやくルーナとセレーネから一足遅れの謝礼を受ける運びとなったアシュラ。
今は焚火を中心に、ルーナはフォルテュナとククルの間に、セレーネはアシュラの胡坐の上にちょっこりと座っている。
「ふたりとも無事で本当に良かったよ」
アシュラはセレーネの頭を撫でながら、改めてルーナを見詰めた。
ルーナは真っ直ぐ腰まで伸びた黒髪、琥珀色の大きな目の妹想いの美少女である。細身な体型だが、奴隷だった為にろくな食事もしていなかったのだろうと想像に難くない。
対してセレーネはルーナを幼くした感じで、天真爛漫な性格のようだ。ルーナが責任感の強いしっかり者であるのも、妹を護る為なのだろう。
「それと、アシュラでいいよ。どうも『様』ってのは……ね」
「そうね。私もフォルって呼んでね」
「ククルはククルなのですぅ」
「ありがとうございます、アシュラさん、フォルさん、ククルさん」
「ありがとー! フォル、ククル、アシュラ♪」
「セレーネ!? せめて、『さん』はつけて!?」
「えぇーだってアシュラとフォルとククルでいいって言ったもーん」
3人は姉妹のやり取りをみて気持ちがほっこり温かくなる。たが、まずはこれまでの経緯を聞かなければならない。辛い過去を思い出させる事になるだろうが、これからの行動を決める上で必要な事なのだ。
アシュラはこのパーティのリーダー(自称)として、率先して口を開いた。
「ルーナ、思い出させるようで悪いんだけど、これまでの事聞いてもいいかな」
「はい、わかっています。少し長くなりますけど、よろしいですか?」
「それは大丈夫だけど、もし辛くなったら無理しなくていいからな」
「ありがとうございます、アシュラさん」
こうしてルーナは奴隷になった経緯をゆっくりと話はじめた。
「私とセレーネは、獣人連合国にあるブラフマ狼国領に住んでいました」
《ぶふーーーっ!?》
いきなりカーリーが吹いた。何を吹いたのかはわからない。
ここでまさか目的地に絡む話になるとは思いもしなかったが、自分達の事よりもまずルーナの話を聞くのが優先である。だから3人は静かにルーナの言葉に耳を傾けた。
「私とセレーネは母と3人で暮らしていました。裕福ではなかったですけど、とても幸せな毎日でした。……なのに、ブラフマ狼国領が崇拝する神様から『天啓』が下りた日から、生活が変わってしまいました」
ルーナが哀しそうな顔をして俯く。フォルテュナはそれをみてそっと頭を抱き寄せた。
「国領主様から、狼人族の女性は全員お城に集まるようにって厳令がありました。母も私も、それが『天啓』の内容と関係しているのだとすぐにわかりました。だから、母と私とセレーネはすぐにお城に向かいました。きっと『天啓』なら良い事があると思ってたんです。それが……」
ルーナの頬を涙が伝う。フォルテュナは彼女の頭を撫でる。
「無理しなくてもいいのよ?」
「ごめんなさい、フォルさん……大丈夫です」
気丈にも笑顔を見せて話を進める彼女の笑顔は、まるで作り物のようだった。
「お城に着いた私達は、その場で警備兵に捕まり、地下牢に監禁されました。私達だけではありません。私達の前にきた女性達も、後から来た女性達も、全員が監禁されたと思います……」
「ふぐぅ、うぅ……ママぁ……」
話を聞いていたセレーネが母親を思い出したのだろう。すでにボロボロと涙を零している。アシュラはそっと包むように彼女を抱きとめる。
母親を想う気持ちはアシュラにも理解できる。だから寂しさに心が壊れないように、その幼い体をしっかりと抱き締めていた。
そしてひとり手の空くククルが、申し訳なさそうに続きを促す。
「その……お母様は、どうされたのですぅ?」
「……わからないんです。大人の女性と、子供は離れ離れにされてしまいました。だから私とセレーネはずっと一緒だったのですけど……それからお母さんと一度も、会えていません……」
川や焚火の音だけが響く。ルーナは下唇を噛みしめ泣くのを堪えていたが、一度深呼吸して気持ちを少し落ち着けたのか、再びこの沈黙を破った。
「それからどれくらい監禁されていたかわかりません。広い監禁室にずっと閉じ込められていたのです。最初は私やセレーネと同じくらいの女の子がたくさんいましたけど、毎日何人か連れ出されていきました。私達はその間、ずっと身を寄せ合って寒さを我慢していました。食べ物もろくに食べられませんでした。ある日、私達も外に連れ出されました」
すると、ルーナは苦々しい表情で、胸元を隠すように両手を押し当てる。
「そこで宝石商のような男の人に、奴隷の焼印を付けられました。熱さと痛みで辛かったですが、私よりも泣きじゃくる妹がみるみる衰弱していって……でもそのまま木箱に閉じ込められて……ずっと」
「もういいわルーナ……ありがとう。辛い事お話させちゃってごめんね」
彼女の話の続きは、今に至るだけなのだろう。フォルテュナは彼女を胸に抱き締めて彼女の話を無理矢理に止めた。
「フォルさん……少しだけ、このままでもいいですか?」
「もちろんよ、よく頑張ったわね……このままおやすみなさい」
「ごめんなさい……ううぅ、おかあ……さん…………」
暫くすると、ルーナは再び眠りについた。妹を守りながら、ずっと気を張っていたのだろう。セレーネもアシュラに抱き締められたまま寝付いていた。2人とも目を腫らして、頬に涙の跡を残しながら。
*****
2人に毛布を掛け、3人はそのまま静かに焚火を囲っていた。
誰もが居た堪れない気持ちだった。
「『天啓』の内容も、国領主の意図も何もわからないまま……か」
アシュラがボソッと呟いた。
「『天啓』も本当かどうかわからないわ。それよりも、ルーナとセレーネのお母さんと他の女性、子供達の安否が心配だわ」
フォルテュナも続いて言葉を返す。
「あ……あの、カーリーさんは何か情報をお持ちではないですぅ?」
ククルの言葉にアシュラはすぐさまカーリーに話を聞く事にした。
「カーリー、何か知っている情報はないか?」
《…………》
「……カーリー? そういえば、ルーナの話中もずっと黙り込んでたよな?」
《…………あぁすまない。『天啓』の事は知らないが、情報なら……ある》
カーリーがいつになく真剣な声で言葉を続けた。
《ブラフマ狼国領主は、私の父親か兄……だろう》
アシュラは、怒りという言葉ではあまりにも生温く感じる程の、ドス黒い感情の奔流を、カーリーの魂から感じ取っていた。
次回更新は10月28日 26時頃を予定しています。
すみません、予定より遅くなりましたm(__)m
最近こんな調子だけど……どうか見放さないでぇぇ(ノДT)ノ
いつもお読みいただき本当にありがとうございますm(__)m




