判定の朝
判定の朝、中庭の三本の竿は、前の晩のまま立っておりました。
組合の三反は、白茶けた薄青。ヴァイト工房の一反と、ティモの一反は、裾へ向かって白んでいく夜明けの色。
壇の上に、審査官が三名。中央にマグダレーナ夫人。
壇の前には、呼び出された方々が並んでおりました。組合の組合長クレーマー様と、組合の寄合の年寄りが四人。リンデン伯爵。グラーフェン侯爵家の家令。メルツ男爵。
セドリック様も、今朝はお見えでした。組合の顧問として、クレーマー様の一歩後ろに。
わたくしは、作者として呼ばれておりました。壇の脇、ティモの隣に立つように言われて、そこに立っておりました。ユリウス様は、見物の人垣の最前列におられます。
夫人が、砂時計を返されました。
「判定を申し上げます」
広間の時と同じ、大きくはないお声でした。
「審査官三名、全員一致。王都染物問屋組合の持参した三反は、暁染めと認めません。日晒し三日で茜が抜け、水洗い三度で藍が流れました。書庫に納められた工程札のとおりに染められた布ではございません」
クレーマー様の肩が、ぴくりと動きました。
「ヴァイト工房の一反、ならびに見習いティモが書庫の札のみで染めた一反は、七日間、色を保ちました。暁染めと認めます」
ティモが、わたくしの隣で、前掛けの端を握り直しておりました。
夫人は、手元の紙を一枚めくられました。
「処分を読み上げます」
中庭が、しんといたしました。
「王都染物問屋組合。本日より、暁染めの名での販売を差し止めます。すでに暁染めの名で売られた布は、組合の帳から六百十二反。その代金、金貨千八百三十六枚を、買い手すべてに返金すること。虚偽の名で布を売った違約金として、金貨八百枚。衣装局への出入りを、本日より五年、停止いたします」
六百十二反。一反金貨三枚。王都の店先に、それだけの布が積まれ、売られていたのです。
人垣の中で、誰かが指を折っておりました。
「審査長、それは、組合を潰すおつもりか」
クレーマー様が、壇へ一歩踏み出されました。
「組合を潰すかどうかは、審査しておりません。暁染めの名で売られた布が、暁染めかどうかを審査いたしました」
「布を染めたのは、組合の職人です。組合長の私ではない」
クレーマー様は、声を張り上げられました。
「それに、ハーゼルから来た染め手が二人おった。あの二人が手順を誤ったのだ。暁染めの作り方を知っているのは、あの二人だけだった」
わたくしは、壇の脇で黙っておりました。ドーラとイルマが組合へ移ったのは、組合の布が王都の店先に積まれてから、ずっと後のことでございます。
夫人は、手元の紙を一枚めくられました。
「組合の布が最初に売り出された日は、ここに控えてございます。ハーゼルの染め手二名が組合へ移った日も、届けがございます。その間、およそひと月。二人が着く前から、組合の布は売られておりました」
「それは」
「そもそも、暁染めの札は、衣装局の書庫にございます。閲覧の手続きを取れば、どなたでも読めました。組合から閲覧の願いは、一度も出ておりません」
クレーマー様の口が、開いたまま止まりました。
セドリック様が、一歩前へ出られました。
「審査長。私は顧問として、助言をしたにすぎない。染め方には関わっておらん」
「では伺います。藍を五度で止めるよう組合の職人に勧めたのは、どなたでございますか」
夫人の問いに、組合の寄合の年寄りのひとりが、ぼそりと答えました。
「顧問殿でございます。九度は手間がかかりすぎる、五度で色は出る、侯爵家の工房でもそうしていた、と」
侯爵家の工房で、藍を五度で止めた日は、一日もございません。三年、毎朝九度でございました。セドリック様は、それを一度もご覧になったことがないだけです。
年寄りの方を振り返ったセドリック様は、壇を見上げて、それきり何もおっしゃいませんでした。
夫人は、その件についてはそれ以上何も問わず、手元の紙に一行書き加えられました。
それから夫人は、組合の寄合の年寄りたちの方へ目を移されました。
「組合長の職をどうなさるかは、寄合の決めることです。衣装局は、出入り停止の五年のあいだ、現在の組合長の名で出された書状を受け付けません」
年寄りの四人は、顔を見合わせました。それから、いちばん年かさの方が、クレーマー様を見ずにおっしゃいました。
「寄合は、本日をもってオスヴァルト・クレーマーの組合長職を解く。顧問との契約も、同じく解く」
顧問。セドリック様が、顔を上げられました。
「待て、私は組合に請われて」
「顧問殿の口添えで、灰の買い占めに金貨百二十枚、染め手の引き抜きに前金二十枚を出しました。どちらも、一枚も戻っておりません」
年寄りは、そこで初めてセドリック様の方を向きました。
「寄合は、顧問殿に、これ以上一枚も払いません」
グラーフェン侯爵家の家令が、一歩前へ出られました。手に、侯爵家の封蝋の書状を持っております。
「侯爵閣下よりの言付けでございます。セドリック様を、本日をもってグラーフェン侯爵家の家督継承の順位から外す。月々のお手当も、今月をもって打ち切る。以上でございます」
家督継承の第一候補からは、御前染めのあとに外されておりました。今度は、順位そのものからです。
セドリック様は、家令の顔を見て、それから書状を見て、何かおっしゃろうとして、口を開けたまま閉じられました。
家令は書状を畳み、元の位置へ戻りました。セドリック様に手を貸す者は、どなたもいらっしゃいませんでした。
◇
次に進み出たのは、リンデン伯爵でした。
「審査長。衣装局の判定とは別に、ご報告しておきたい」
「どうぞ」
「娘が婚礼に用いた布は、組合の店ではなく、サロンでメルツ男爵令嬢から直接買ったものだ。本家の暁染め、令嬢ご自身が見立てたと言われてな」
伯爵は、メルツ男爵の方を向かれました。男爵は、ずっと床を見ておられます。
「令嬢がサロンで直接売った布は、四十一反。メルツ男爵家とは昨夜話がつき、男爵家から当家へ、金貨百五十枚の賠償を受けることになった」
メルツ男爵が、床を見たまま頷かれました。
「娘は、本日中に男爵領へ帰します。王都には、もう出しません」
夫人は、それを聞いて、記録係にひとこと何か告げられました。それきり、オフィーリア様のお名前は、壇の上で二度と出ませんでした。
オフィーリア様ご本人は、今朝も門の格子の外においででした。男爵家の馬車が門の前に回されると、お付きの者に促されて、そちらへ歩いていかれました。
中庭の内側には、セドリック様が立っておられました。お二人のあいだには、門の格子が一枚ございました。どちらも、互いの方をご覧になりませんでした。
馬車が去っても、誰も見送りには出ませんでした。
◇
夫人は、最後に壇の上で立ち上がり、中庭の全員を見渡されました。
「暁染めの工程札は、作者の名を添えて衣装局の書庫に納めてございます。十四歳の見習いが札だけで、二度、同じ色を出しました。手順さえ守れば、誰でも同じ色が出せるということです」
そこで夫人は、組合の三反が下がる竿を、ちらりとご覧になりました。
「布は嘘をつきませんが、人はつきます。だから、手で確かめます。以上です」
判定の場で、わたくしは一言も申しませんでした。
申すことが、ございませんでした。組合の布を検めたのは日と水で、判定したのは審査官三名で、処分を決めたのは衣装局と、寄合と、侯爵家と、男爵家です。わたくしは、ハンナが選んだ一反を竿に出しただけでございます。
中庭を出ていく方々の中に、クレーマー様の背中がございました。組合の銀の徽章は、もう襟にございませんでした。寄合の年寄りが、出ていく前に外させたのだそうです。
後で姉が手紙で知らせてくれたことですが、その週のうちに、王都のサロンからメルツ男爵令嬢あての招待状は、一通もなくなったそうです。
◇
衣装局の門を出ると、ユリウス様が待っておられました。
「終わったな」
「はい。ハーゼルへ戻りとうございます。三巡目の水晒しが、もうすぐ終わりますので」
「馬車を回してもいいか」
「お願いいたします」
馬車の方へ歩き出したとき、後ろから駆けてくる足音がいたしました。
ティモでした。息を切らして、衣装局の門の方を振り返りながら。
「リーゼロッテ様。審査長が、リーゼロッテ様に衣装局の肩書きを出したいそうです」
(第9話へ続く)
布の色は、染め上がったときだけでなく、日や水にさらしたあとにも違いが表れます。作中の色止め試しで日晒しと水洗いを行うのは、見た目の美しさに加え、衣装として使ううちに色が保たれるかを確かめるためでございます。お読みいただきありがとうございます。




