第8話 宿泊学習の始まり
宿泊学習の班決めが無事終わり、優は遥人と秘密の場所(校舎の端の階段下)で昼休みを過ごしていた。
優は隣に座って話をしていた遥人に、今朝感じた違和感について尋ねる。
「遥人、何か悩んでない?」
「えっ!?」
遥人は意表を突かれて目を丸くした。
図星だったのか、泳いだ視線が気まずげに彷徨う。
優は遥人の肩にもたれかかった。
「俺は遥人が悩みを聞いてくれたおかげで心が軽くなったんだ。今度は俺が遥人の気持ちを知りたい」
肩に伝わる優の温もりと優しさに思わず泣きそうになる。
遥人は少し逡巡した後、一度視線を落とし、それから覚悟を決めたように優を見つめ返した。
「繋いでくれる?」
優は遥人に頼られたことが嬉しくて大きく頷いた。
「もちろん!遥人の悩みもちゃんと受け止めるよ」
優は共感接続の送受信を開いた。
次いで、遥人も目を閉じて送受信を開く。
二人の意識は遥人の抱える深い闇へと潜っていった。
最初に見えたのは遥人の母の泣き顔だった。
「私には遥人しかいないの。遥人だけが私を愛してくれる」
そう言って遥人を抱き締めながら泣く母の背中をなでる。
「大丈夫。僕はずっとお母さんと一緒にいるよ」
自分がいなければ壊れてしまいそうな母を守るために、遥人は(僕がしっかりしなきゃいけない)と強く思った。
それから数日後の記憶。
テーブルの上の皿がガシャン!と音を立てて一瞬浮き上がった。
顔を上げると、向かい側の席で母がテーブルを叩いて金切り声を上げている。
「お父さんに貰ったものはすぐに捨ててって言ったでしょう!?どうしてベッドの上にこんな物があるの!?」
それは父から貰ったミニカーだった。
手のひらに収まる大きさのおもちゃなら見つからないかと思ったが、考えが甘かった。
「こんな物で遥人の気を引こうなんて何て汚い手を使うのかしら!遥人はお母さんのものなのよ!そうでしょう!?」
母の剣幕に怯えて、遥人は頷くことしかできない。
遥人はそこで共感接続を閉じた。
優は遥人に抱きついて涙を流している。
「ごめんね、優。辛かったよね」
優の頭をなでる遥人の手はいつも通り優しくて、余計に涙が出てくる。
「辛かったのは遥人の方だろ」
そう言って優は遥人を抱き締める腕に力を込めた。
***
それから二人は昼休みになると、秘密の場所で暗黙の了解のように共感接続を繋ぐようになった。
優からは父親と暮らしていた頃の穏やかな日々と、祖父母宅に帰省した日の賑やかな時間。
そして現在の両親への愛情と、家族がバラバラになってしまう事への不安が流れてくる。
遥人からは、両親の離婚前に、父が母に執拗に共感接続を求められて断る、疲れ切った様子が流れてきた。
そして、離婚してから遥人と会う度に元気になり、表情も明るくなっていく様子も、遥人の安堵と共に伝わってくる。
二人は会話をするでもなく互いに寄り添って、記憶や感情が共有できる心地よさに浸る。
そうしていつの間にか、二人だけの特別な安らぎは、互いにとって手放せないものになっていった。
***
「うわぁ、バスでっけー!」
優は校庭に止まっているバスを見上げて感嘆かんたんの息を漏もらした。
以前の学校の遠足では、児童の数が少なかったせいでマイクロバスだった。
口をぽかんと開けてバスを見ている優の隣で、遥人は笑いを噛み殺した。
「優、早く乗らないと先生に怒られるよ?」
遥人の声にハッとして、優は急いでバスに乗り込んだ。
遥人は優を窓側の席に座らせた後、腕時計型端末を操作して20cm程の空間投影画像を映し出した。
空中を指先で弾くようにスクロールして、今日のスケジュールを確かめる。
「キャンプ場まで一時間半かかるけど、優はどうしたい?」
「俺は遥人ときょうか……っ」
優は、遥人と共感接続を繋ぎたいと言いそうになって口をつぐんだ。
そうして辺りをさりげなく見回す。
幸い、みんなそれぞれの会話に夢中で、優たちを気にしている者はいなかった。
優は安心してふぅ、と息を吐く。
共感接続は繋ぎたいけれど、ここで安易に繋いだりしたら、突然話しかけられたときに対応できないかもしれない。
優が頭を悩ませていると、遥人は優しく微笑み耳元で囁いた。
「皆すぐに寝ちゃうから、そしたら繋ごう?」
優は内心(やっぱりエスパーだ!)と感心しながら頷いた。
皆が静かになった頃、遥人は優のわくわくした気持ちを共感接続を通して感じていた。
優に同調したのか、それとも自分自身が期待に胸を膨らませているせいなのか、高速道路から見える景色が鮮やかに見える。
そんな時、視界に富士山が入った。
それは、遥人にとって見慣れた景色ではないはずなのに、とても懐かしく切ない思いに囚われた。
遥人は優が静岡から転校してきたことを思い出した。
優にとっては、つい最近まで毎日見ていた山なのだ。
隣で同じように景色を見ていた優は、寂しそうに笑って遥人に視線を向けた。
「遥人にとっては、富士山は珍しくて綺麗な山なんだね」
優はもう一度窓の外に視線を戻して、眩しそうに目を細めてつぶやく。
「こんなに綺麗な山だったんだ」
遥人も優と一緒に窓の外を眺めた。
「本当に、綺麗だね」
胸の中には、まだ優の感じた哀愁が残っていた。




