第7話 大きなすごろく
「ただいまー!友達連れてきたよー!」
これまでに聞いたことがないほどの元気な優の声に驚いた祖父母は、顔を見合わせると急いで玄関に向かった。
「まあ、お友達?」
祖母は二人を見て嬉しそうに目を細める。
隣にいた祖父も目を丸くして驚いていた。
「友達の遥人。俺の前の席なんだ」
優がそう言って簡単に紹介すると、遥人は丁寧にお辞儀して挨拶をする。
「白木遥人です。松原くんにはいつもお世話になっています」
祖父母は年相応の優と、年齢の割に落ち着いた遥人を見比べる。
遥人の大人びた佇まいに感心して思わず見入っていた祖母は、はっと我に返ると、嬉しそうに目元を和ませた。
「まあまあ、ご丁寧にありがとうね。さあさあ、二人とも上がって」
遥人は「お邪魔します」と言って靴を脱ぐと、きちんとそろえてから居間に向かう。
優はそんな様子を見て(遥人は行儀も良いのか)と感心していた。
優の祖父母の家は和風の一軒家で、張り替えたばかりの畳の香りが漂っていた。
遥人はい草の香りなんて嗅いだことがなかったはずなのに、不思議と落ち着いて緊張がほぐれていく。
優と遥人は座布団に座って、祖母が入れてくれた麦茶を飲みながら、祖父が戻ってくるのを待った。
少しして、祖父がお手製のすごろくのボードと箱を持ってきた。
ボードを座卓の上に広げてみると、遥人が両手を広げても足りないくらいの大きさがある。
優は慣れた手つきで箱からサイコロとカード、木駒を取り出す。
「これ、じいちゃんが作ったんだ。俺いっつもじいちゃんに負けちゃうんだけど、今日は遥人がいるから勝てるかも」
優は嬉しそうにスタートの位置に人数分の駒を並べた。
祖父もカードを混ぜながら「じいちゃんは強いからなあ。勝つのは至難しなんの業わざだぞ」と言って腕まくりをする。
じゃんけんで順番を決めた後、遥人はサイコロを振って駒を進めた。
「いち、に、さん、し、ご。青色のカードをめくる」
指示の通りに青色のカードをめくるとそこには『赤色のカードに書かれた動物のマネをする。制限時間は10秒、声は出さないこと。当ててもらった人と最初に当てた人はそれぞれ3マスずつ進む』と書かれていた。
赤色のカードをめくると、そこには『ゴリラ』と書かれていた。
遥人は恥ずかしさを堪えてドラミングの真似をする。するとすぐに優が「ゴリラ!」と当ててくれた。
すごろくのカードには他にも、絵や尻文字を描いて当てる方法が書いてあった。
優の祖父は絵がとても上手で全員が一斉に当てたりもした。
逆に優が描いたタコはなかなか当ててもらえず、仕舞いには共感接続を繋いで答えてもらおうと、目線で遥人に(繋いで)とお願いした。
しかし、遥人は(ずるはダメ)と同じく目線で送り返したのでやむなく諦めた。
遥人は優の背中を慰めるようにポンポンと叩く。
(すごろくで遊ぶのがこんなに楽しいとは思わなかった)
遥人は久しぶりに心の底から遊びに夢中になった。
***
二人が庭で竹馬をして遊んでいると、突然遥人の腕時計型端末のアラームが鳴った。
帰る時間を知らせてくれたのだ。
優が寂しそうに「帰るの?」と訊いてくる。
遥人は「明日また学校で会えるよ」と寂しげな笑顔で答えた。
早く帰らないと母が優の存在に気付いてしまう。
もし遥人が優に共感接続の送信方法を教えたことを知ったら、母は激怒して外に出してもらえなくなるかもしれない。
そうなったら、もう二度と優に会えなくなるかもしれないのだ。
遥人は優の手を握りしめて、もう一度「明日会おうね」と言って微笑んだ。
***
自宅であるアパートの扉の前で、遥人は一度深呼吸をして母のことを考えた。
母が買ってきてくれたハンバーグが美味しかったこと。
母に抱きついたときに頭を撫でてくれたこと。
しばらくそうして頭の中を母の記憶でいっぱいにしてから玄関の扉を開く。
家の中に入ると、間もなくデバイスから5時のアラームが鳴った。
「遥人、帰ってきたの?」
寝室で昼寝をしていたらしい友江が乱れた髪を整えながらリビングに現れる。
「ただいま。水持ってくる?」
遥人がそう訊くと、友江は頷いてソファーに腰掛けた。
「はい、どうぞ」
遥人が水を手渡すと、友江は水を一口飲んでため息を吐いた。
「遥人はこんなお母さん嫌いよね。お父さんも私がこんなだから繋いでくれなくなっちゃったのよ。こんなんじゃ遥人にだって嫌われちゃう」
次第に泣き出した友江の隣に座って背中を撫でる。
「僕はお母さんのことが好きだよ」
遥人の言葉に縋るように、友江はその小さな額に自分の額を 近付けた。
遥人はいつものように共感接続の送受信を開いて母に愛情を伝える。
友江は遥人の思いを受け容れて、自らの思いも遥人に流し込んだ。
遥人が父親に会って友江が落ち込んだ日は、いつもこうして共感接続で繋がる。
『大丈夫。僕はお母さんが好きだよ。ずっと側に居るよ』
遥人は母への愛を送り続けた。
***
翌朝、優は校門の前に遥人の姿を探したが、今日は居ないようだった。
「あれ?もう教室に行っちゃったのかな?」
いつも校門の前で待っていてくれたから今日も待っていてくれるものだと思っていたけれど、遥人にも都合があるのかもしれない。
「教室に行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ」
眉間に指を当てて哲学者っぽく悩んでいると、後ろから聞き慣れた声がした。
「それは問題だね。僕は一緒に行くべきだと思うよ」
振り向くとそこには遥人がいた。
いつもの穏やかな雰囲気だけれど、何処か疲れているようにも見える。
遥人は笑顔で「おはよう」と言って優の肩に手を置いた。
優も「おはよう」と返しつつ、遥人の表情に陰りがないかをそっと窺うかがった。
そんな視線に気付いたのか、遥人はいつものように笑顔で優の手を握ると、校舎へと走り出した。
「チャイム鳴っちゃうよ!急ごう!」
優は遥人に手を引かれながら、昼休みになったら共感接続をしようと心に決めた。
***
教室に着くと、クラスの皆は班決めの話で持ちきりだった。
そんな中、一部の女子たちは険悪な雰囲気で揉めていた。
「じゃんけんで勝ったのは私なんだからしょうがないでしょ?」
「先に遥人君と一緒の班になりたいって言ったのは私なのに!」
優は(先週遥人が秘密の場所に遅れて来たのはこれのせいか)と納得した。
遥人は何故こんな状況になったのかを端的に説明してくれる。
「本当は二週間前に班決めが終わっていたんだけど、優が転校してきたからね。男子三人女子二人だったところから、男子二人が抜けて、僕と優、それと女子が一人増えることになったんだ」
「じゃあ、これ俺のせいなんだ」
優が申し訳なさそうに肩を落とすと、遥人はすぐに「優のせいじゃないよ。元から揉めてたからね。それに僕が優と一緒の班になりたかったんだ」と慰めてくれる。
一緒の班になりたかったという言葉に救われて、優は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「俺も、遥人と同じ班になれて良かった」
優と遥人は女子たちの喧騒をよそに笑い合った。




