第6話 お父さんと一緒にいたい
「ただいまー」
優が玄関の扉を開くと、見慣れた男性用の革靴が置いてあった。
「お父さんのだ!」
それはほんの一週間ほど前まで毎日見ていた父の靴だった。
優は急いで靴を脱ぐと、居間に駆け込んだ。
「お父さん、来てるの!?」
見ると、居間の座卓を挟んで祖父母と父が向かい合わせに座っている。
けれども、先日の、父と母が向かい合わせに座っていた光景が一瞬頭をよぎり、優は一歩退いた。
その様子を見た祖母は、「おいで」と手招きをして優を隣に座らせた。
向かい側に座っている父の顔は以前よりも少しやつれているような気がする。
父は優を見て微笑むと、祖父母に視線を戻した。
「先日は極端な言い方をしてしまいましたが、今すぐ優を美彩から引き離そうとも、逆に、よりを戻そうとも思っていません。ただ、どうしてこんなに長い間共感接続をしてこなかったのか、お互いに知る必要があると思っています」
そこまで言って、小さくため息を吐く。
「正直なところ、あの日は仕事のストレスもあって、自分も余裕がなかったんです。美彩に今からでも共感接続をしようと言われたときも、今更接続しても遅いと拒絶してしまいました」
優は母の記憶を思い出していた。
夫に共感接続を拒否されて「今更だろう」と言われたときの、深い悲しみと後悔が胸に重くのしかかる。
優は何か言いたくて、けれど母の気持ちを勝手に伝えて良いものか悩んで、口をつぐんだ。
***
帰り際、父は優の頭を撫でて、「ごめんな。もう少しお祖父ちゃんとお祖母ちゃんと一緒に待っていてくれるか?」と尋ねた。
優は「大丈夫だよ。ちゃんと良い子にしてる」と笑顔で答えた。
本当はもっと父と一緒にいたかった。
去年のお正月のように祖父母と父と4人ですごろくをしたかった。
あの日は母も父と楽しげに話していた。
ずっとそんな日々が続くと思っていたのに、あの頃からすでに両親の間には深い溝が出来ていたのだと思うと、やりきれない思いが小さな胸をぎゅっと締め付けた。
***
翌日の土曜日、遥人ハルトもまた優と同じように父親と会っていた。
毎月第二土曜日は父親と会う決まりになっている。
それは去年の冬、両親の離婚の際に、養育費と生活費を支払う条件として取り決められたものだった。
母は遥人の腕時計型端末の録音機能をONにして、「絶対にお父さんには知られないようにしなさい」と釘を刺した。
遥人と手を繋いでショッピングモールを歩く父の姿は以前と変わりなかったが、その表情は晴れやかだった。
母と暮らしていた頃はいつも疲れ切った顔をしていて、夜遅くまで帰ってこなかった。
今の父はあの頃とは別人のようにも見える。
フードコートでクレープを食べながら、父は遥人の顔をじっと見つめた。
「……遥人、お母さんとうまくいってるか?」
その言葉に思わず弱音を吐きたくなる。
けれど遥人は笑顔で「大丈夫だよ。仲良くやってる」と返した。
こうしている間もデバイスが二人の会話を静かに記録している。
遥人は食べかけのクレープに視線を戻して、父にすがりたくなる気持ちをぐっと堪えた。
***
遥人は家に帰った後、母にデバイスを手渡した。
友江はデバイスの録音を再生しながら遥人の顔を見つめる。
しばらく黙って二人の会話を聞いていた友江は、元夫の「遥人、お父さんと(共感接続を)繋がないか?」という言葉に眉尻をつり上げた。
先日、遥人の父親は離婚後に、友江が遥人に共感接続の送信方法を教えたことを知った。
自分が友江を拒絶して離婚したことで、友江が求める共感接続の相手が遥人になってしまったのだと感じ、遥人に謝罪していた。
「この人何を言ってるの!?」
激しい怒りを込めたその声に、遥人は首を横に振って「してないよ!」と否定する。
デバイスからは遥人の言った通り、「お母さんが心配するから早く帰りたい」と父の提案を断る声が聞こえてくる。
その言葉に安堵した友江は、デバイスを睨みつけながら怒りの収まりきらない声で悪態をついた。
「全く、何を考えているのかしら。遥人は私の物なのに!馬鹿じゃないの!?」
遥人はいたたまれなくなってうつむいた。
***
日曜日の朝、公園のベンチでぼーっと過ごしていた優は、通りを歩いている遥人を目にする。
優は思わず遥人に向かって大きく手を振った。
「おーい!遥人ー!」
それを見た遥人も嬉しそうに駆け寄ってくる。
「優に休みの日に会えるなんて思わなかった。この近くに住んでるの?」
「うん!すぐ近くに住んでるんだ!」
遥人に会えた嬉しさから、先ほどまでの沈んだ気持ちがパッと晴れ渡る。
家にいると、祖母の腫れ物に触るような扱いに気疲れしてしまい、外で暇を潰していたところだった。
「そうだ!もし暇だったら家ですごろくしようよ!トランプも竹馬もバドミントンもあるよ!」
優は祖父母が買ってくれた昔ながらの遊び道具を提案する。
今では珍しくなった遊び道具も、遥人ならきっと楽しんでくれると思ったのだ。
「楽しそうだね。5時までに帰ればいいから、それまで一緒に遊ぼう」
遥人もすぐに頷いて優の提案を受け入れてくれる。
二人は手を繋いで優の祖父母の家に急いだ。




