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DIVE ~記憶の海~  作者: 月ノ宮 鈴
第二章 ヘブン
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第7話 親友

 クラブILLUSION(イリュージョン)に着くと、オープン前にも関わらず、叶恵が店の前で待っていた。


 勢いで来てしまったけれど、まさか本当にこんな時間から叶恵がここにいるとは思わなかった。


 まだ太陽は高い位置にあり、クラブの営業時間まで10時間はある。


 咲は走って叶恵のもとに行き、名前を呼んだ。

 けれど、ぼーっとしていてなかなか反応が返ってこない。


「叶恵!聞こえてる!?」


 叶恵は、ぼんやりと顔を上げて咲を見た。


 その瞳はどこか虚ろで、咲は途端に不安になる。


 しばらくして叶恵が「咲?」と名前を呼んで微笑んだ。


 咲は少しほっとして、けれど叶恵の身に何か良くないことが起こっているのではないかと、底知れない不安を感じた。


「ねぇ、叶恵。もうここに来るのやめよう?最近の叶恵、何かおかしいよ?」


 叶恵は首を横に振って「大丈夫だよ」と笑う。


「今、咲の声に気付かなかったのは、ヘブンのことを思い出してたからなの。ヘブンがあんまり気持ちいいから、ついやってなくても思い出しちゃうのよ」

 

 叶恵はとろんとした眼差しで咲を見る。

 けれど、その瞳には咲ではない、ヘブンの世界が映っているようだった。


 咲は叶恵を助けなければいけないと思う反面、こんなに幸せそうなのに叶恵の望まない方法でやめさせる必要があるのか悩んだ。


「叶恵は今幸せなの?」


 咲の問いに、叶恵は満面の笑みで答える。


「うん!すっっごくしあわせ!私は咲にも一緒に幸せになって欲しいと思ってる!」


 叶恵に手を握られて、咲の気持ちが揺らぐ。


(私は何から叶恵を守ろうとしているんだろう?叶恵は今こんなに幸せそうなのに)


 咲はヘブンの感覚を思い出す。

 アレは確かに気持ち良くて、叶恵がハマるのも無理はないと思えるものだった。


 咲が叶恵を止めるべきかどうか悩んでいると、叶恵は咲に「繋がない?」と尋ねてきた。


「ここで繋ぐの? どうして?」


 咲の疑問に、叶恵は「繋いでみればわかるよ」といたずらっぽく微笑む。


 咲は、叶恵のそんな笑顔が好きだった。


 人付き合いが苦手で引っ込み思案な咲を、叶恵はいつも外の世界に連れ出してくれる。


 今みたいに、いたずらをひらめいた子供のように無邪気な顔をされると、咲の心はすっかり叶恵の虜になってしまうのだ。


 叶恵が共感接続を開いて咲を待っている。


 咲はその誘惑に抗えず、共感接続を繋いだ。


 叶恵から流れてきたのは先日ヘブンで感じたのと同じ、満たされた感覚だった。


 たくさんの人たちと意識が繋がって、自分は一人じゃないと感じられる。


 辛いことも全部忘れられるような幸福感でいっぱいになっていく。


 咲が叶恵から送られてきたヘブンの感覚に酔っていると、叶恵は「咲、辛いことがあったんだね」と呟いた。


 咲は意識していなかったが、叶恵には先ほど大学であったことが流れてしまったらしい。


 咲は接続を閉じて叶恵に頷いた。


「孝治のことも、大学のことも、なんだかすごく疲れちゃった」


 咲が悲しげに微笑むと、叶恵は咲を抱き締めて泣き出した。


「咲は頑張ったよ。私のせいで辛い思いをさせてごめんね」


 咲は叶恵の背中を撫でて、小さく息を吐く。


「叶恵のせいじゃないよ。孝治と付き合っていれば、いつかはこうなる予感がしてたの。だから、好きでもないのに付き合ってた私のせい」


「咲ぃー、私は咲が大好きだよぉー!」


 叶恵はさらに泣き出して、かわいい顔が涙でぼろぼろだった。

 

 咲はそんな叶恵を抱き締めて、自分の目から溢れてきた涙を手の甲で拭った。


***


 二人はそれからしばらく、孝治に対する愚痴や最近話題のスイーツの話で盛りあがった。


 ヘブンにハマる前は、いつもこうしてたわいもない話をして過ごしていた。


 特別なことなんて何もない平凡な毎日。それが当たり前すぎて退屈だった。


 けれど、大学にさえ普通に通えるのか分からなくなった今となっては、それがどれだけ大切なものだったのかを思い知る。


 今、咲をいつもと同じ目で見てくれるのは叶恵だけだろう。


 きっと、あの一件で他の生徒たちの咲を見る目は変わってしまった。


「明日からどうしよう」


 咲の口から、意図せず不安が零れ落ちた。


 口に出してしまったことで、余計に胸が重くなる。


 叶恵はそんな咲の肩を抱いて「大丈夫だよ。私がついてる」と励ましてくれた。


 咲は叶恵に微笑んで「そうだね。私には叶恵がいる」と頷いた。

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