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DIVE ~記憶の海~  作者: 月ノ宮 鈴
第一章 二人だけの夕日
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第3話 お父さんに会いたい


 すっかり涙は収まったけれど、優(ゆう)は顔を上げられずにいた。


 泣きはらした顔をクラスのみんなに見られたくなかった。


 本当の理由を言えるわけもなく、嘘をつくのも上手くできない。


 どうしようと悩む優の気持ちを察したように、遥人(はると)がそっと肩を叩いた。


「保健室に行こう。先生には、優の具合が悪くなったから僕が連れてきたって言うよ。優は黙って寝てれば大丈夫だから」


***


 遥人の優しい嘘のおかげで、優は誰の目にも触れずに保健室へと避難できた。


 ベッドに横たわったまま、優は自分を救ってくれた新しい友達の横顔を、じっと見つめていた。


 優の視線に気付いた遥人が「何?」と首をかしげる。


 優は慌てて布団に潜り込み顔を隠した。


「何でもない。えっと……授業始まってるけど、良いの?」


 遥人はくすっと笑って布団の中の優に問いかける。


「戻った方が良いの?」


「だって、みんな心配するだろ?」


「担任の先生には保健の先生から伝えて貰ってるよ。……でも、優が戻った方が良いって言うなら戻ろうかな」


 遥人はわざと椅子を少し持ち上げてカタンと音を立てた。


 それを聞いた優が慌てて布団から顔を出して起き上がる。


「待って!戻った方が良いなんて言ってないだろ!?」


 そう言って遥人を見ると、先ほど見たときと同じ位置で優に微笑みかけていた。


 それを見た優は顔を真っ赤にして頬を膨らませ、ふたたび布団に潜り込んでしまう。


 遥人は布団の上から優をぽんぽんと軽く叩いて謝った。


「ごめん。ちゃんとここにいるから許してよ」


「知らない!」


 口では怒りながらも、優は遥人がここにいてくれることにほっとしていた。


***


 家に帰ると祖母が出迎えてくれた。


「おかえり。お母さんは前のお家に荷物を整理しに行っているの。だから今日はおばあちゃんたちと寝ましょう。明日には帰ってくるそうだから、それまで良い子で待っていましょうね」


 祖母の言葉に、優は胸がきゅっと締め付けられるような苦しさを覚えた。


(お母さんまでいなくなっちゃったらどうしよう)


 けれど、祖父母にそんなことは言えず、優は作り笑顔で「大丈夫。ちゃんと待ってる」とできる限り明るく答えた。


***


 その夜、優は廊下から聞こえてきた声に目を覚ました。


「……困ったわね…優も落ち着いているようだし、こっちは大丈夫だからきちんと話し合っていらっしゃい…」


 その声は祖母のものだった。


 何やら電話で誰かと話しているらしい。


 優は音を立てないように気を付けながら、そっと襖(ふすま)を開けて聞き耳を立てた。


「……そうは言っても優にとっては実の父親なのよ」


 その言葉を聞いた途端、優はいてもたってもいられなくなって祖母に駆け寄った。


「お父さんがどうしたの!?お父さんに会えるの!?」


 驚いた祖母は手に持っていた腕時計型端末(デバイス)を弾くように落としてしまった。


 優はすぐにそれを拾い上げ、マイクに向かって叫んだ。


「お父さんに会いたい!会わせて!」


 深夜の静かな廊下に切実な声が響き渡る。


 すると、デバイスの向こうから自嘲(じちょう)するような母の声が聞こえた。「そう…優は、お父さんの方が好きなのね」


 通話が切れた後、優は自分がひどいことを言ってしまったのだと気付き、一瞬で青ざめた。


***


 昨夜は母との通話が切れた後、祖母が「大丈夫よ。すぐに帰って来るから」と言って慰(なぐさ)めてくれたが、結局ほとんど眠ることが出来なかった。


(俺、ひとりぼっちになっちゃうのかな)


 そう思うと涙があふれそうになる。


(これから学校なのに泣いちゃだめだ)


 優は深呼吸をしてランドセルを背負った。


***


 学校に着くと、校門の前で遥人が待っていた。


「おはよう!」


 その笑顔を見た瞬間、優は胸の中にあった重りが一瞬で軽くなったように感じた。


 優はすぐに「おはよう!」と返して遥人の元に駆け寄った。


 教室ではまた同級生たちから「昨日はどうしたの?」と質問攻めにあったが、遥人が説明をしてくれたおかげで落ち着いて過ごすことが出来た。


 それでも昨夜の母の言葉が頭から離れない。


 優は深いため息を吐いた。


***


 昼休みになると遥人は他の子たちの目を盗んで、優を昨日と同じ『秘密の場所』に連れて行った。


「優、元気ないね」


 遥人の心配そうな眼差しに心が少し軽くなる。


 優はため息を吐いた後、昨日の出来事を話し出した。


「……だから、お母さんもいなくなっちゃうかもしれないんだ」


 また泣きそうになるのをぐっと堪えて下唇を噛んだ。


 遥人は優の言葉を隣で静かに聞いていた。


 優にはそれがとても心地良くて、遥人になら何でも話せるような気がしていた。


 遥人は優の話を聞き終えた後、「僕で良ければいつでも話を聞くよ」と言ってくれた。


 遥人は祖母のような気休めの言葉で慰めたりはしなかった。


 けれど、優を思いやる気持ちは充分に伝わっていた。


 不思議だった。出会ったばかりなのに、遥人は誰よりも信じられると思えた。


***


 優が家に帰ると、そこでは予想外のことが起きていた。


 父と母が居間の座卓テーブルに向かい合って座っていたのだ。


「お父さん」


 優は夢でも見ているかのような心持ちで父を見つめる。


 次いで、母を見つめた。


「お母さん」


「仲直りしたの?」


 優の表情がぱっと明るくなった。


 それを見た両親が真剣な顔で優を見つめ返す。


 先に父が口を開いた。


「優、お父さんと暮らさないか?」


 その言葉に舞い上がっていた気持ちがすーっと引いていくのを感じる。


 すかさず母が口を開いた。


「優はお母さんと一緒に居たいわよね?」


 期待に弾んでいた心が一瞬で凍りつき、粉々に砕け散った。


 二人が向き合っていたのは、やり直すためではなく、優の親権の決着をつけるためだったのだ。


 どちらを頼っても、もう片方の親を傷つけることになる。


 優はただ首を横に振り、うつむいて泣き出した。



 優を祖父母の家に残したまま、母は以前住んでいたアパートの部屋に、父は新しく借りたという家に帰っていった。



 結局、三人は親権が決まるまで別々に暮らすことになった。

















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