第4話 禁じられた送信方法
教室の喧騒から逃れるように、優は始業前の机に突っ伏していた。
なにをするのも億劫で、今は外界の刺激を遮断したかった。
トン、と机の端に軽い衝撃を感じて、優はまぶたを開けた。
目の前にあるのは、一つ前の席に座る遥人の背中だ。
遥人は背を向けたまま、左手でそっと優の机にノートの切れ端を置き、そのまま何事もなかったかのように前を向いて教科書を開いた。
周りの生徒たちには、なただの物の貸し借りにしか見えなかっただろう。
優はそっと手を伸ばし、小さな紙切れを自分の手元に引き寄せた。
広げてみると、そこには実直で丁寧な遥人の筆跡が並んでいた。
『秘密の場所』にいる。話したくなったら来て。話したくなければそのままで良いよ
事情は何も知らないはずなのに、すぐ前の席から遥人は優の心の悲鳴を敏感に感じ取ってくれていた。
優は、固く閉ざしていた胸の奥が、すっと軽くなるのを感じながら、遥人の広い背中をじっと見つめた。
***
人が滅多に来ない階段下の『秘密の場所』に、遥人は壁にもたれて座っていた。
優が現れたのを目にすると、隣の床をぽんぽんと叩いて優しく微笑む。
優は遥人が指定した場所に座ると、遥人にもたれかかった。
「もう俺、だめかもしれない」
連日泣いてきたせいか、もう涸れ果てたかのように涙も出て来ない。
「もう何もしたくない。お父さんもお母さんも全部どうだっていい」
そう言って目を閉じた優の頭を、遥人は反対側の手で優しく撫でた。
ふと、遥人は優の頭を撫でる手を止めた。
「もしかしたら、優の辛さを半分減らせるかも」
「どういう意味?」
優は遥人の顔を覗き込んだ。
「絶対に誰にも言わないって約束してくれるなら、優にだけ教えてあげる」
遥人の提案に優は即座に答えた。
「絶対に誰にも言わない。約束する」
先程まで無気力だった優の瞳に、光が戻ったように力強く断言する。
その言葉を聞いて、遥人は深呼吸をすると、真剣な眼差しで優を見つめた。
遥人は優だけに聞こえるように声を潜めた。
「まずは、共感接続を受信モードにして開いて」
優が言われた通りに頭の中の扉を開いて流れを受け入れるイメージをすると、頭の中に遥人の声が柔らかく響いた。
『優、繋がったね』
優は驚いて「どういうこと?」と尋ねた。
本来なら子供は受信しか知らない。
それなのに、遥人は送信を行っている。
「お母さんにやり方を教えてもらったんだ。二人だけの秘密だって言われた」
それを聞いて更に驚く。
「それなら俺に教えちゃだめだろ?」
遥人は頷いて『だから、優だけ特別』と頭の中に送信してきた。
そして、遥人は更に優に近付いて周りを警戒すると、「優にもやり方を教えてあげる。ただし、絶対に他の人には言わないでね」と耳元で囁いた。
優は、きっととてもいけないことをしているのだと、胸がドキドキしていた。
「それじゃあ、さっき開いた扉の他にもう一つ扉があるはずだから、それを見つけて」
優は頭の中で扉を探した。
けれどいくら探してみても、真っ暗なだけでそれらしいものは見つからない。
「扉なんて無いよ?」
遥人は少し考えて、何かを思いついたように指をパチンと鳴らす。
「それなら、流れを外に出すイメージをしてみて。扉を開いて外に押し出すんだ」
優は頭の中で扉を開き、その中から川が流れていくイメージを思い浮かべる。
(扉を開くー!そんで、水を押し出すー!)
力の限りググーっと頭の中で扉を開き、勢いよく水を流すイメージを湧かせる。
すると、今度こそ確かに頭の中の意識が外に流れていく感覚があった。
そのまま頭の中で遥人に話しかける。
『遥人、聞こえる?これなんか凄いよ!』
遥人がほっとしたように微笑む。
そして直ぐに、共感接続を使って優に話しかけた。
『聞こえるよ。優の嬉しい気持ちも全部感じる』
『俺も!遥人の気持ちが全部わかるよ!』
二人は手を取り合って喜んだ。
「優の共感接続は扉を開く感覚なんだね。僕は窓を開ける感じなんだ。窓を開けて風が吹いてくる感じ」
遥人は優に、手で窓を開ける様子を伝える。
「この感覚ってみんな同じじゃないの?」
優は初めて知ることばかりで、先程までの無気力が嘘のように期待に胸が膨らんでいた。
「そうみたいだね。きっと他のみんなもそれぞれ違うんだと思う。」
「へぇー。みんなのもイメージを送信してもらって見てみたいな」
面白そうだと思いながらそう言うと、遥人は慌てて「駄目だよ!」と真剣な顔をして注意した。
「もし、そんなことをしたらきっと凄く怒られる。だからお母さんは誰にも言っちゃだめって言ってたんだ」
遥人の気迫に気圧されて優はたじろいた。
「わ、分かったよ。絶対に誰にも言わない。二人だけの秘密にする」
「本当に僕たち二人だけの秘密だよ?」
遥人は優の顔をじっと見て確認する。
優はうんうんと何度も深く頷いた。




