第2話 遥人との出会い
後日、優と母は祖父母の家に引っ越すことになった。
祖父は「共感接続に頼りきったせいだろう。言葉で伝えれば良かったんだ」と母を責めた。
けれど、内心ではとても悲しんでいることがその表情から伝わってきた。
祖母は「美彩は優しい子だから愚痴を言いたくなかったのよね。繋いだりしたら、なおさら全部伝わってしまうもの」と母を慰めた。
優は、年に一度泊まりに来る程度だった場所でこれからずっと暮らしていくのだと思うと、不安と寂しさで胸が押し潰されそうだった。
前の学校の友達とも、もう会えない。
新しい学校でまた一から友達を作らなければいけない。
そう思うと、明日が来ることさえ憂鬱に感じられた。
***
翌朝、優は新しい学校の教室で自己紹介をしていた。
「……松原 優です。よろしくお願いします」
母の旧姓で自己紹介をしながら、優は(もうお父さんの名字じゃなくなっちゃったんだ)と泣きそうになるのを堪えていた。
先生に指定された一番後ろの窓際の席に座ると、前の席の男子生徒が声をかけてきた。
「松原くん、僕は白木遥人。みんな遥人って呼んでるし、松原くんも遥人って呼んで。よろしくね」
遥人の笑顔は沈み込んでいた優の心を少しだけ軽くした。
優はまだうまく笑えなかったが、それでもできるだけ明るい声で「俺のことも優って呼んで。これからよろしく」と言ってまだぎこちない笑顔を浮かべた。
優は授業を受けながら遥人の後ろ姿を見ていた。
(友達になりたいな。でも何を話そう)
そんなことを考えていると、遥人はノートの切れ端に何かを書いて優の机にさっと置いた。
見てみるとそこには「昼休みに秘密の場所に案内するから待ってて」と書いてあった。
『秘密の場所』という言葉に、優の心は弾んだ。
昨日まで明日が来ることさえ憂鬱だった。
けれど今は昼休みが待ち遠しくて仕方がなかった。
しかし、昼休みになると他の生徒たちの質問攻めにあって身動きが取れなくなった。
質問に答えながら視線だけで遥人を探すと、先生と話しているのを見つけた。
「静岡って富士山があるところでしょ?どうして転校してきたの?」
「えっと、それは親の都合で……」
女子が矢継ぎ早に質問してくるのに耐えられなくなっていた頃、遥人が戻ってきて皆を落ち着かせた。
「みんな、質問はそれくらいにして。先生に松原くんを案内するように頼まれたから」
遥人はそう言うと優の手を取って歩き出した。
「えー。まだ聞きたいことあったのにー」
みんなの不満そうな声に、遥人は「ごめんね」と言って片手を顔の前に立ててすまなそうに微笑む。
するとみんなは「しょうがないなぁ。遥人が言うんじゃなぁ」と言って解散していった。
その様子を見て、優は遥人が皆から一目置かれる存在であることに気付く。
「遥人ってもしかしてすごいやつ?」
その言葉に遥人はくすっと笑って「そんなことないよ」と言って足早に歩き出した。
***
遥人はトイレや職員室、保健室などを一通り案内した後、校舎の端にある階段下の扉の前に優を連れてきた。
そこは生徒たちの喧噪から離れた静かな場所で窓もなく薄暗かった。
遥人は優に向き直ると、人差し指を口の前に立てて「みんなには内緒だよ」と小声で言った。
優は、落ち着いていて少し大人びた遥人の雰囲気と、先ほどのクラスメイトたちの反応を思い出して、何か特別なことを知ったような気持ちになっていた。
遥人はずっと繋いでいた優の手を離して、代わりに内緒話をするように優の耳元に口を近付けた。
「実はね、僕のお母さんも共感拒否離婚してるんだ」
その言葉に優は目を丸くした。
優の驚いた顔を見て、遥人はアイスの「あたり」の棒を見つけたときみたいに、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「何で分かったの?」
驚きを隠せない優の前で、遥人は得意げに胸を張った。
腰に片手を当て、親指と曲げた人差し指であごを挟む。
そして、咳払いをすると探偵のような口調で話し出した。
「えー。一つ目に、今朝あなたは自分の名字を言おうとして、一度口を閉じました。自分の名前を言い間違える人なんてそうはいません。そして二つ目は、あなたが一学期の途中という中途半端な時期に転校してきたこと。何か突然の事情があったと考えるのが普通です。そして三つ目は……」
そこまで言うと遥人は探偵の真似をやめ、寂しそうに微笑んだ。
「優が、寂しそうだったから」
遥人の労るような眼差しに、優は泣きそうになった。
遥人の言うとおりだった。本当はずっと寂しかった。
それなのに、母の記憶や感情を共感接続で知ってしまった優には、素直に嫌だと言って泣くことさえできなかった。
「俺……」
話そうとすると涙が溢れてきて声につまる。
優は拳をぎゅっと握りしめた。
遥人がその手をそっと包み込んだ。
「大丈夫。ここには誰も来ないから」
そう言って微笑む遥人の顔がゆがんで見えなくなる。
優は堰を切ったように激しく泣き出した。
しばらくして、ようやく涙が収まった頃、優がぽつりと呟いた。
「俺、遥人と友達になりたい」
遥人は「もう友達だよ」と言って優の手をきゅっと握り返した。




