第4話 孝治が選んだカクテル
孝治が自慢話をしている横で、咲は彼が勧めた2杯目のカクテル、テキーラ・サンライズを飲んでいた。
相変わらず自分のことしか頭にないその態度に呆れながら、咲は二人のこれまでの出来事を思い返していた。
始まりはサークルの飲み会だった。
咲が所属するアニメ研究会の飲み会。
その居酒屋の隣のテーブルでは、たまたまテニスサークルも飲み会を開いていた。
そこに、そのサークルに入っていた孝治がいた。
孝治が酔った勢いでお酒を床にこぼしてしまい、それを咲がおしぼりで拭いてあげたのが始まりだった。
その後、孝治から思いがけない告白を受けた。
これまで一度も交際をしたことがなかった咲は、初めての告白にすっかり舞い上がってしまった。
孝治のことは特に好きでも好みでもなかったが、それでも返事に迷ってしまうほどだった。
孝治はそんな咲に「付き合ってからお互いを知ってもいいんじゃないかな?」と言って口説き落とした。
***
咲はテキーラ・サンライズを飲みながら、少しぼんやりとしてきた頭で映画館での出来事を思い出していた。
初めてのデートで、二人は話題の恋愛映画を観ていた。
劇場内には咲たち以外にもたくさんのカップルが来場していて、自分達もカップルの一組なのだと思うとなんだか嬉しくて、少しだけ恥ずかしかった。
これまでに読んできた恋愛漫画やアニメの中に出てきた『恋人とのデート』が、今は自分の身に起きているのだと思うと、なんとも言えないくすぐったさと高揚感が胸の中に湧き上がる。
ふと、隣に座っている孝治を見ると、眠たそうにあくびをしていた。
咲は想像していた雰囲気との違いに違和感を覚えた。
(恋人同士って、上映中にこっそり手を繋いだり、時々目が合って照れたりするものじゃ無いの?)
これまでに読んできた恋愛漫画との違いに少しがっかりしたものの、映画の内容はとても感動的でエンドロールでは涙が止まらなかった。
帰り道、咲は孝治に「感動したね。私、涙が止まらなかったよ」と話しながら、少し赤くなったまぶたを水で濡らしたハンカチで押さえた。
すると、孝治は頭を掻きながら「うーん。あれは全体的にインパクトが無かったかなぁ。もっと派手な演出とかあれば面白かったのかも知れないけど、なんか単調で眠くなった」と言ってあくびを噛み殺した。
咲はしばらく何も言えなかった。
さっきまで胸の中に残っていた映画の余韻が、音を立てて崩れていくような気がした。
「眠くなった……?」
ようやく絞り出した声に、孝治は悪びれる様子もなく頷いた。
「うん。ちょっと退屈だったかな」
その瞬間、咲の胸の中で何かが崩れ落ちた。
違う。
何かが、おかしい。
恋人との初デートというのは、もっとこう、特別なものではないのだろうか。
恋愛漫画なら、映画館では暗闇に紛れてそっと手を重ねる。
手が触れ合っただけで二人とも顔を赤くして、気まずそうにしながらも見つめ合った目を反らせなくなる。
映画が終われば、「面白かったね」「うん」と微笑み合って、帰り道には映画の感想を語りながら、いつもより近い距離で寄り添って歩く。
そんな場面を、咲はこれまで何度も読んできた。
だから今日も、ほんの少しだけ期待していたのだ。
もしかしたら自分も、漫画のヒロインみたいになれるのではないか、と。
ところが現実は全く違った。
隣の恋人は上映中に手を繋ぐどころか、あくびをしていた。
そして映画が終われば、感動を分かち合うどころか、眠かったと言う。
「……」
咲は無言のまま孝治を見た。
自分だけが、勝手に胸をときめかせていたのだと思うと、急に恥ずかしくなった。
しかし、それ以上に腹が立った。
映画なんて寝ていてほとんど見ていなかったくせに、批評だけはする彼の傲慢さに苛立ちを覚えた。
孝治に何か言ってやろうかと思ったが、初デートで喧嘩になるのも嫌なのでぐっと堪えた。
孝治は、それからも咲の期待を裏切る言動を何度も繰り返した。
それなのに、彼は会う度に「この後俺の家に行こうよ」「このホテル、中がミニシアターになってるんだってさ」と下心が透けて見える言葉で誘ってきた。
咲はそんな孝治と過ごす時間が無駄に思えて、なるべく会わないようにしていた。
(もう別れた方が良いのかもしれない)
そう思っていた矢先に、孝治に会ってしまった。
叶恵のことが心配で誰かに話を聞いてもらいたかったけれど、孝治は自分の話ばかりしていて、ちっとも咲の話を聞いてくれない。
咲はじわじわと湧き上がる苛立ちを晴らすように、三杯目に孝治が勧めたボストン・クーラーを飲み干した。




