第20話 眠れない夜
その日の夜、優は布団の中で遥人の髪の感触を思い出していた。
柔らかくてさらさらしていて、どれだけ触っていても飽きない。
そして、なんといっても優が髪に触れている間の遥人の顔が、いつもと違ってとても色っぽかった。
見慣れているはずの遥人の顔のはずなのに、見てはいけないものを見ているような微かな罪悪感を覚えた。
優は抑えきれない情動を持て余して、眠れない夜を過ごした。
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翌朝、いつものように遥人が校門の前で待っていた。
優は「おはよう」と声をかけて、どこかぎこちない笑顔を浮かべる。
遥人も少し照れたようにはにかんで「おはよう」と返した。
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優は昼休みまでなるべく遥人の顔を直視しないように気を付けた。
一度見てしまったら、遥人を連れて人目の無い場所で、共感接続を繋ぎたくなってしまうような気がしたからだ。
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昼休みに『秘密の場所』で二人きりになると、どこかそわそわと落ち着かない空気が二人の間に満ちていた。
遥人は優の顔を見て、少し悩んでから何も言わずに共感接続を開いた。
優も遥人に続いて共感接続を開く。
優は、昨日触れた遥人の髪の感触を思い出して、今まさにその感覚がそのまま遥人に伝わっていることに恥ずかしくなった。
遥人からも、優に触れられて恥ずかしかったという気持ちが流れてくる。
二人は目を合わせてくすくすと笑いあった。
遥人の笑顔を見ながら、優は胸の奥からわきあがる、まだ名前のつけられない想いを流した。
その瞬間、大きな感情の波が遥人を一気に飲み込んでいく。
けれど、それはどこか温かく、遥人の心を柔らかく満たしていた。
遥人は自分の中にある、戸惑いを含めた心地よさを優に流した。
優は嬉しくなって、新たに湧いてきた気持ちを流す。
『遥人の手を握りたい』
『遥人の肩に触れたい』
それから、と続けようとして優は考えるのをやめた。
何かいけないことを想像しそうな気がする。
遥人は優の気持ちが途切れたことを少し疑問に思いながらも、『触っていいよ』と返した。
遥人の中に、優から飛び上がるような喜びが奔流のように流れてくる。
優は右手で遥人の手を握り、もう一方の手で肩に触れた。
これまでに何度も触れてきたはずなのに、今は手が震える程に緊張する。
すぐ目の前には見慣れているはずの遥人の顔があった。
どうしてこれまで平気で見ていられたのだろう。
長いまつげも、小さな鼻も、その下の柔らかそうな唇も、こんなにも綺麗だったのに。
優は遥人の唇に目が釘付けになって固まった。
遥人が上目遣いに優を見つめてくる。
その瞬間、心臓がさらに破裂しそうに高鳴った。
(この気持ちって、もしかして……)
その答えは、もう既に胸の中にあった。
***
帰宅後。
遥人は、優が自分に向けている気持ちを共感接続でそのまま受け取って、自分もそうなのだろうかと考えていた。
家の中は薄暗く、母親はまだ寝室から出てこない。
さっきまで優が見つめていた、自分の唇に指で触れてみる。
すると、途端に優の唇を思い出して頬が熱くなった。
(これは、僕自身の気持ちなのかな。それとも、優に同化しているだけ?)
遥人が唇に指を当てたままぼーっと立っていると、友江が寝室から顔を出して「何してるの?」と訊いてきた。
遥人は慌てて鞄を置き、台所に向かう。
「今日は生姜焼きの予定だけど、別のものがいい?」
いつも通りの遥人の声に、友江は「生姜焼きで良い」と答える。
そのままソファーに横になる友江を見て、遥人はまた優のことを考え始めた。
小学3年生の頃、キャンプで遥人が作ったカレーを、美味しそうに頬張っていた姿を思い出す。
(優ならきっと、僕が作った料理を美味しそうに食べてくれるんだろうな)
キャベツを手早く切りながら、遥人はあの日の優の笑顔を思い出した。
「遥人、これマジでうまい!」
自分が作った料理をあんなに喜んで食べてくれたのは優が初めてだった。
(早く優に会いたいなぁ)
遥人は、共感接続を通して優の想いに包まれた感覚を思い出す。
そうして、また頬が熱くなるのを感じていた。




