第18話 変わりゆく関係
その後、川村は泣いた目を腫らしながら笑顔で戻ってきた。
「やっぱりフラれちゃった。でも告白して良かった。まだ遥人君を好きな気持ちに変わりはないけど、なんだかすっきりした」
優は微笑んで「よく頑張ったな」と川村を褒めた。
川村は「うん」と頷いて再び溢れてきた涙を拭った。
***
昼休みにいろいろあったせいで、遥人とゆっくり話せるのは放課後になった。
帰り道。
優は遥人がどんな理由で川村を振ったのか気になっていたが、直接訊くのが躊躇われて口にできずにいた。
そんな優の気持ちを察して遥人が口を開く。
「川村さんには正直に答えたよ」
「正直って?」
優が聞き返す返すと、遥人は空を見上げて答える。
「僕は今、友達と一緒にいる時間が一番大切なんだって言ったよ。優といる時間を失いたくないからね」
遥人の言葉に胸にぽっと灯がともる。
「川村に頑張れって言ったけど、本当は遥人に恋人が出来たら一緒に居られなくなるんじゃないかって不安だったんだ。俺、まだ遥人を独り占めしていたい」
それを聞いて、遥人は目を細めて微笑む。
「僕も、優を独り占めしていたいよ?」
遥人の真っ直ぐな眼差しが優を捉える。
優は今すぐ遥人を抱き締めたい衝動に駆られて、けれど心の中にぐっと押し込めた。
***
翌日
優は隣の席に座る遥人を、先生に見つからないようにこっそりと見ていた。
この胸の中にあるそわそわと落ち着かない気持ちが何なのか、それを早く遥人に訊きたい。
遥人は賢いから何でも知っている気がする。
もしかしたら、共感チップがバグを起こしているのかもしれない。
もしそうだったら早く病院に行かないと手遅れになる。
既に、遥人を見ているとなんとも言えない衝動が湧いてくるのだ。
優の視線に気付いた遥人が「何?」と声には出さずに首を傾げて尋ねてくる。
優は何故か急に恥ずかしくなって目を背けた。
***
昼休みになると、優は遥人の手を引いて急いで『秘密の場所』へ向かった。
「どうしたの?今日の優、なんか変だよ?」
遥人が不安そうに見つめてくる。
優は胸の中でぐちゃぐちゃになっている気持ちを遥人に伝えた。
「そうなんだよ。この間なんか変だって言っただろ?やっぱりどこかおかしいみたいなんだ」
遥人は「良く分からないけど、とりあえず繋いでみようか」と言って共感接続の送受信を開いた。
優も少し躊躇った後、決心して送受信を開く。
遥人は優から流れ込んでくる、まるで自分を包み込むような感情に戸惑った。
『遥人に触れたい』
『もっと二人だけでいたい』
『遥人が俺だけを見ていてくれたら良いのに』
『もし共感チップが壊れていたらどうしよう』
『遥人と離れたくない』
怒濤のように流れ込んでくる感情の波に押されて、遥人は共感接続を切った。
遥人がふぅ、と息を吐く。
優は不安そうに遥人を見つめた。
「俺、やっぱり変だよな?」
遥人は優の切実な想いに当てられて、自分の鼓動が早くなっていることに気付く。
まずは気持ちを落ち着けようと、深呼吸をしてから答えた。
「多分、優の共感チップは正常だよ」
優は少し安心したように肩の力を抜いた。
「それならこれは何だと思う?」
優らしい率直な問いに、遥人はどう答えたら良いものかと考えた。
おそらくこれは、と思う答えはある。
けれど、本当にそうなのか確信が持てなかった。
遥人自身、その感情をまだ知らないのだ。
「僕にもまだよく分からないけど、優とこうしてちゃんと繋がれたんだから、大丈夫だと思う」
遥人の言葉に優は胸を撫で下ろす。
けれど、それならこの衝動は一体何なのだろう。
「遥人、この気持ちって何?」
遥人は言葉に詰まって首を横に振った。
「分からない。けど、これから分かるかもしれない」
遥人はもう一度、優と共感接続を繋いだ。
流れてきたのは安堵の気持ちと、遥人をひたすらに求める真っ直ぐな想いだった。
***
家に帰った遥人にはまだ、優の感情の影響を受けてかどこかふわふわとした浮遊感が残っていた。
(優が僕のことをあんなに想っていたなんて知らなかった)
今自分の中にある感情はおそらく優のものだ。
けれど、自分の中にそれと似た想いがあったことも事実だった。
優を独占したいという気持ちや、ずっと一緒にいたいという願い。
この感情は本当に優だけのものなのだろうか?
遥人は胸に手を当てて、自分の気持ちを確かめようとする。
「遥人?」
突然、寝室から母の声がする。
遥人が驚いて振り向くと、友江は乱れた髪を抑えながら、気だるげにソファーにもたれかかった。
友江は二年前に仕事を辞めてからほとんど外に出なくなって、毎日お酒を飲んでは寝てばかりいる。
「ただいま。夕飯作ろうか?」
遥人の言葉にも億劫そうに頷く。
「食欲がないから軽いものにして」
「分かった。それならうどんにするね」
友江は、遥人が手早く野菜と鶏肉を切る様子をぼーっと眺める。
小学校の高学年になってから、元夫と遥人が月に一度会うときに、デバイスの録音機能を使わなくなった。
録音された中身を聞くと、あまりにも二人が楽しそうで嫉妬してしまうからだ。
遥人は中学に上がる頃から友江と共感接続をしても、どこか哀れみを含んだ、凪いだ海のように落ち着いた感情しか流さなくなっていた。
小学三年生くらいまでは『お母さん大好きだよ』と言う気持ちが流れてきていたのに、遥人の中で少しずつ何かが変わってしまったのだ。
友江はもう一年以上遥人と共感接続を繋いでいない。
(遥人は私がいなくても生きていけるのかもしれない)
友江の心は深海のように深く沈み込んだ。




