第17話 なんか俺変みたい
遥人はいつも通り『秘密の場所』で優を待っていた。
優は何も言わずに遥人の隣に腰を下ろして、当たり前のように共感接続を繋ぐ。
すぐに、互いの『同じクラスになれた喜び』が混ざり合って膨らんでいく。
遥人の、優を大切に思う気持ち。これからはずっと一緒だという確信。
優の、二年間同じクラスになれなくて寂しかったという気持ち。もう絶対に離れたくないという強い願い。
どうして共感接続を繋ぐとこんなに気持ちがいいのだろう。
両親や祖父母から受信するときの幸福感とはまた別の、なんとも言えない浮遊感と、満たされた感覚がある。
遥人は優の心を満たし、優もまた遥人の心を満たした。
ふと目を開けると、すぐ目の前に遥人の顔があった。
目線より少し下にある長いまつげが、静かに伏せられている。
遥人も目を開き、優を見つめた。
優の方が背が高くなったせいで、遥人が少し上目遣いで小首を傾げる。
『どうしたの?』
途端、優はドキリとして思わず接続を切った。
何が起こったのか分からず困惑する優に、遥人が心配そうに問いかける。
「どうしたの?大丈夫?」
あれは一体何だったのだろう。
「大丈夫。なんか変な感じがしただけ」
今の感覚も遥人に伝わってしまっただろうかと顔を窺うが、遥人はいつも通り優を見つめているだけのようだった。
「変な感じ?」
遥人の問いに優は「気のせいかも」と言って笑うしかなかった。
***
土曜日の午前中に遥人が優の家を訪れた。
小学生の頃から何度も来ているせいで、今では祖父母も実の孫のように遥人を可愛がっている。
両親は朝から映画を観に出かけていた。
復縁してからというもの、二人は優の前でも共感接続を繋ぐようになり、会話も驚くほど増えた。
特に父親の直人が何でも話すようになった事が大きかった。
両親の仲が良くなったことで、逆に優は遥人と居ることが増えた。
今日のように両親がデートに行っている間は、遥人と遊ぶようにしている。
(俺が付いていくとお邪魔虫だしな)
優は、隣でおやつのゼリーを食べている遥人を見つめた。
(それにしても、月曜日のあれは何だったんだろう)
遥人を見ていると、これまでも時々くっつきたくなることはあった。
けれど、今回のはそれとは少し違う気もする。
腕相撲をしたいとか、プロレスごっこをしたいと言う気持ちとも違う。
今週はずっと遥人ことが気になって、なんとなく勉強にも遊びにも集中できない日が続いていた。
じっと見つめる視線に気付いて、遥人が「何か付いてる?」と訝しむ。
「なんか俺変みたい」
「変?どこが?」
そう訊かれてもどこがどう変なのか自分でも説明できない。
「わかんない」
優が分からないことには遥人にも分からない。
二人はとりあえずゼリーを食べ続けた。
***
日曜日は、優と遥人に陽太・作真・純の三人を合わせた五人で、カラオケに行くことになった。
三人は少し遅れて来ることになり、優たちは先に部屋で待つことにした。
「遥人はどれ歌う?」
「優はアニソン歌うだろうから、僕はヒット曲にしておこうかな」
薄暗い部屋の中で、遥人が空間投影画像を操作する。
いつもなら何とも思わないのに、妙に遥人の気配が近くに感じられて、そわそわする。
優は、陽太たちに早く来てほしいような、むしろ来ないでほしいような、落ち着かない気持ちを持て余した。
隣で遥人が「この曲結構キーが高いけど歌えるかな?」と独り言を言うのを聞きながら、ホロスクリーンを操作して適当に曲を選択する。
意識が遥人に向いてしまって何の曲を選んだのか覚えていなかったが、とりあえず気を紛らわすためにマイクを手に取った。
遥人がモニターのタイトルを見て少し驚いた顔をする。
「珍しいね。優もこういうの歌うんだ?」
モニターを見ると、そこには曲のタイトル『友達なんかじゃいられない』が映し出されている。
その曲は歌えるけれど、今はなぜか歌いたくない曲だった。
遥人の期待する眼差しが辛い。
せめて歌うなら格好よく歌いたいのに、そんな余裕もなかった。
観念して口を開くと、タイミングよく陽太たちが扉を開いた。
「すまん。ちょっと遅れた」
(救いの神よ!)
優は心の中で感謝する。
「陽太! 早速で悪いけど、これ歌って!」
マイクを陽太に押し付けて、優はトイレに駆け込んだ。
***
翌日。
昼休みになったが、遥人は先生から手伝いを頼まれて『秘密の場所』には15分後に集まる事になった。
優は昨日のことを考えながらぼんやりと廊下を歩いていた。
(昨日は陽太たちが来てくれたおかげで助かった。遥人とあれ以上あそこに二人きりでいたらどうなっていたか)
と、そこまで考えて、どうなっていたのだろうと疑問に思う。
優は立ち止まって首をひねった。
遥人と二人なんだから、別にいつもと変わらないはずだ。
それなのに、なぜか最近一緒にいると落ち着かない。
これまでは一番落ち着く相手だったのに、何かが変わったのだろうか。
けれど、遥人はいつもと変わらない態度だった。
優が考え事をしていると、川村が周りをきょろきょろと見回しながらやって来た。
「宮瀬君、あの、聞きたいことがあるんだけど……」
いつもならツンとした無愛想な態度で接してくるのに、今日の川村はどこか落ち着きがなく、視線が泳いでいる。
「また遥人の好みのこと?」
優が「またか」と呆れた調子で尋ねると、川村は必死な顔をして優を見上げた。
「私、遥人君のことが好きなの。宮瀬君なら遥人君のこと、何でも知ってるでしょ?」
優は、どうして嫌いなはずの俺に訊くんだろうと思いつつ答える。
「俺は遥人の好みのタイプなんて知らないし、好きなら直接告白すればいいだろ?」
優の素っ気ない言葉に、川村は自信なさげに言い淀む。
「でも……いつも可愛い女子が周りにいるし……こんな私なんかじゃ、釣り合わない」
優はその言葉を聞いてようやく、昨日優が言った「芋」という言葉で川村が傷ついた顔をした理由に思い至った。
川村は辛そうに眉根を寄せてため息を吐く。
「せめて、少しでも遥人君の好みに近づけたらと思って……」
そう言ってスカートの端をぎゅっと掴む姿は、普通の恋する女子そのものだった。
優はこれまで彼女に取られてきた態度を思い出して心の中にわだかまりがあったが、息を吐いて微笑んだ。
「遥人は釣り合うかどうかなんて気にしてないと思うよ? そんなやつじゃないって知ってるだろ?」
優の言葉に、川村は涙ぐむ。
そして下を向いて「遥人君なら……」と呟いた。
遥人のことを思い浮かべているのだろう。
しばらくして、川村は顔を上げると深く頷いた。
「そうだよね。遥人君はきっとそんなこと気にしない」
優は仕方ないなと、遥人の居場所を腕時計型端末で尋ねる。
すると、すぐに返事が返ってきた。
「遥人、化学室にいるってさ。……頑張れよ」
微笑む優に頷いて、川村も笑顔を見せる。
「これまで酷い態度とってごめんなさい。遥人君は皆に優しいけど、宮瀬君にだけは特別だったから悔しかったの」
そう言って、川村は化学室に向かって走り出す。
しかし、階段を上る前に立ち止まって振り向いた。
「あと、芋って言ったことも謝る! 宮瀬君は芋なんかじゃないよ!」
川村は大きな声でそう言うと、優に手を振って階段を上っていった。
それを聞いて、廊下にいた生徒たちが「芋?」と言って振り返る。
優は「声が大きいよ」と言って苦笑した。
胸の中では川村にエールを送っていた。




