第14話 物知りなレイン
二人が次に訪れたのはバイオ館だった。
二人の身長の倍ほどはある大きなパネルに、クローンや遺伝子操作の技術が紹介されている。
ロボットが器用に茎頂培養を行っている様子を見ながら、優は腕を組んでうなった。
「うーん。茎頂培養って何してるのかいまいち良く分からないんだよなぁ。植物のてっぺんを取ると同じものができるってどういうこと?」
遥人が解説をしようと口を開くと、後ろから先ほどのクマのぬいぐるみ、レインの声が聞こえてきた。
「こーんな基本中の基本も知らないなんて、お子様はこれだから困るのよね。仕方がないからレインが教えてあげる。」
優はずいぶんと高飛車なクマだなと思いつつ、とりあえず話を聞くことにした。
隣で遥人も興味深そうにレインを見つめている。
「植物の先っぽにはね、『何にでも変身できる無敵の細胞』が詰まってるの。それを栄養ゼリーに入れると、細胞が自分で自分のコピーを増やすのよ。そこで『葉っぱになれ!』『根っこになれ!』って命令すると、1つの細胞から1本の植物へ全員が変身するの。もともとの設計図が同じなんだから、そりゃあ全く同じ『クローン』ができるに決まってるでしょ?」
優は腕を組み、首をひねって斜め上を見ながら「うーん?」と唸る。
「何になるかはどうやって命令するの?」
レインは「良い質問ね」と言って再び説明を始める。
「さっき言った、栄養ゼリーの中に入れる『植物の成長を助けるお薬』の量のバランスを変えるのよ。サイトカイニンっていうお薬を多めにすると、茎や葉っぱが成長しやすくなるの。オーキシンっていうお薬を多くすれば、根っこの成長が促されるわ。」
レインの説明に、優は「へー。おもしろいな」と興味を持つ。
「それなら両方を半分ずつ入れるとどうなるの?」
レインはふふんと得意気に答える。
「そうすると、どこか決まった場所に成長するんじゃなくて、今度はまだなんにも決まっていない細胞の塊、『カルス』になって成長していくのよ。」
優はレインともっと話したくなった。
けれど次の瞬間、レインを抱えていた青年、ライは横を向いて「あっ!」と驚きの声を上げると、身を翻して走り去ってしまった。
視線の先には70歳くらいの貫禄のある、身なりの良い男性が立っている。
「お父さん!」
ライはその男性のもとに駆け寄ると嬉しそうに笑った。
男性が微笑んでライの頭を撫でる。
「高校生って父親に頭を撫でてもらうものなのかな?」
優が首を傾げると、隣で遥人は「あの人知ってる!」と言って目を丸くした。
「あのお父さんの方?」
優が尋ねると、遥人は頷いて腕時計型端末を操作し、空間投影画像に男性のプロフィールを映し出した。
「世界的に有名な脳外科医の東郷大善だよ。彼は脳科学者でもあって、脳のスペシャリストなんだ!こんなところで会えるなんてすごいね!」
遥人が興奮気味に男性を見つめるが、優にはいまいちその凄さが分からない。
「ふーん。ラスボスみたいな名前だな。」
優は彼の実績よりも名前の方が気になった。
頭の中では、勇者たちを迎え撃つ最強のボスとして君臨する東郷大善のイメージが湧いている。
遥人は予想外の反応に呆れたように肩をすくめた。
「今の話で気になるところそこなの? 世界の医療をひっくり返すような偉人をラスボス扱いしないでよ。大善って、大きな善って書くんだから、むしろ大正義だよ?」
「いやいや、響きがさ。『よくぞここまで来たな、若き勇者たちよ。私が東郷大善である!』って言われても全く違和感ないだろ」
優がもっともらしく声を低くして真似をしてみせると、遥人は「もう、勝手にゲームのキャラクターにしないで」と苦笑いしながらホロスクリーンを閉じた。
優はふと、考え込むように顎に手を当てる。
「それにしても、有名人かぁ。それなら他にも来てるかもね。お笑い芸人とか歌手とか」
優は辺りを見回した。
もしかしたら好きなお笑い芸人がネタを披露してくれるかもしれない。
遥人は科学博覧会に彼がいることに意味があるのにと思いつつ、「そうだね」と苦笑した。
******
あれから、一年。
桜の蕾が膨らみ始める季節になった。
6年生もあとわずかとなったその日も、優と遥人はいつもの『秘密の場所』で共感接続を繋いでいた。
優から流れてくるのは『ずっと一緒にいたい』『中学生になっても同じクラスがいい』という切実なものだった。
遥人も同じ気持ちであることを脳の中に直接流し込む。
できることならこのままずっとこうしていたい。
けれど、もうすぐ昼休みが終わる。
遥人は後ろ髪を引かれる思いで接続を閉じた。
優が切なげに遥人を見る。
「もう終わり?」
「もうすぐ授業が始まるから」
そう言いながらもなかなか教室に戻ろうとしない遥人を見て、優は自分と同じ気持ちなんだなと改めて思う。
優が仕方なく教室に向かって歩き出すと、遥人も隣に並んで歩き出した。
廊下の窓からは、薄桃色の桜が梢を染め始めているのが見える。
来年は中学校から別の桜の木を見るのだろう。
その時も遥人は隣に居てくれるだろうか。
優は隣を歩く遥人の横顔を盗み見る。
相変わらず女子にモテる遥人の横顔は、初めて出会った頃よりも少し大人びて、どこか遠くへ行ってしまいそうな寂しさを優の胸に呼び起こした。
「優、どうかした?」
視線に気づいた遥人が、ふと顔をこちらに向けて微笑んだ。
その優しい眼差しは、出会ったあの頃から何も変わっていない。
「ううん、なんでもない」
優は慌てて首を振り、前を向いた。
(きっと、来年も遥人は自分の隣にいる)
優は確信を持って歩き出した。




