第13話 クラス替えと化学博覧会
居間で優と遥人が折り紙で遊んでいるのを見ながら、両親と祖父母は座卓を囲んで大人たちの会話をしていた。
飲んでいたお茶を座卓に置いて、祖母が嬉しそうに、そして懐かしむように微笑む。
「この家もまた賑やかになるわね」
優と遥人が笑い合う様子を見ながら、祖父も寂しげに微笑んだ。
「そうだな。美彩が小さい頃は、よくああして辰彦と遊んでたもんだ」
美彩の二つ年上の兄、辰彦は12年前にバイクの事故で亡くなっていた。
美彩と辰彦の結婚式に参列してからまだ半年ほどのことで、美彩の悲しみも深かった。
「お兄ちゃんも折り紙が得意だったっけ。まだあの恐竜の折り紙は部屋に飾ってあるの?」
美彩の問いかけに祖母が頷く。
「あれは辰彦の自信作だったから、ちゃんとケースに入れて飾ってあるわよ」
それを聞いて、祖父が直人に向き直った。
「死んだ息子の物が置いてある部屋で申し訳ないが、できればそのまま飾っておいてくれるとありがたい」
直人は「もちろん構いませんよ」と言って微笑む。
「結婚式でスピーチをしてもらった日から、もう12年も経つんですね」
直人は、折り紙の出来を遥人に自慢する優を見ながら、時間の流れを静かにその胸に受け止めていた。
******
あれから2カ月が過ぎた。
雲ひとつない青空に巨大な入道雲が湧き立ち、アスファルトの上には陽炎が揺らめいている。
その日も優と遥人はいつものように優の祖父母宅で遊んでいた。
「なっつやすみーになったーら、なっつやすみーになったーら、遥人と毎日遊べるぜ」
優がご機嫌な調子で歌っていると、祖母が麦茶をお盆に乗せてやって来た。
それを遥人が「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をして受け取る。
優は寝転がりながらクラフトでスペースシャトルを作っていた。
もう少しで切り抜きの作業が終わるというところで、腕時計型端末からピピッとアラームが鳴った。
遥人も隣でデバイスを操作して空間投影画像を映し出している。
遥人のスクリーンにパッとスーツを着た男性の姿が映し出された。
優の方には人気アニメのクールな主人公が映し出されている。
「今日の課題は国語です。次の文を読んで、問題に答えてください」
遥人は言われたとおりに問題文を読むが、優は唇を突き出して文句を言う。
「もうちょっとで切り終わるところだったのに、邪魔するなよー」
遥人は苦笑して優を諭す。
「この時間にセットしたのは優だろ?僕も優に合わせて同じ時間にしたんだから、ちゃんとやろうよ」
遥人の正論にぐうの音も出ない優は、仕方なく問題文を読み始めた。
******
月日は静かに流れゆく。
木々が葉を落とし、雪が降り、そして桜が散りゆく頃。
優は4年生になり、クラス替えの不安に怯えていた。
デバイスから映し出されているホロスクリーンには、自分の新しいクラスと席順が表示されている。
(もし遥人と別のクラスになっていたらどうしよう)
恐る恐るスクリーンに表示されたクラスと席を確認して、パッと閉じる。
今すぐ遥人に連絡を取って、どのクラスになったか聞くことも可能だが、もし別のクラスだったら学校に行く足が重くなる。
優は仕方なくランドセルを背負って玄関を出た。
***
新しい教室に入ると、見たことのある顔と知らない顔が入り交じりざわめいていた。
幸い今度の席は一番後ろの扉側で、昼休みに抜け出すにはちょうど良かった。
遥人がいないかとあたりを見回していると、後ろから声をかけられた。
「おっ!優じゃん」
振り返ると、そこには陽太が居た。
キャンプで同じテントになってから、たまにアニメの話で盛り上がっていたので少しほっとする。
「良かった。陽太も同じクラスなんだ?」
「優と遥人も一緒のクラスなら安心だな。作馬と純も同じクラスだし」
陽太の言葉を聞いて思わず聞き返す。
「遥人も同じクラスなの!?」
優の勢いに押されて陽太はたじろいだ。
「おっ、おう。校門の前で待ってるみたいだぞ」
優は慌てて走り出した。
どこかですれ違いになってしまったらしい。
校門の前には優が来るのを待ち侘びる遥人の姿があった。
******
翌年、化学博覧会が開かれ、5年生になった優とその両親、そして遥人も訪れていた。
遥人は母を説得するのに苦労したが、最終的には「クラスの友人たちとの交流も、心の成長には必要だってAIに言われたんだ」と言って、なんとか説き伏せた。
母はそれでも渋々といった様子で、本心では行かせたくないようだった。
言い訳は嘘ではないが、かなり無理があると自分でも思う。
遥人の中では『クラスの友人たち』を、優というクラスメイトを含めた複数人として解釈することにしたのだ。
さすがに共感接続を求められていたら厳しかっただろう。
優は遥人のそんな気持ちを知ってか知らずか、「次、どれ見る?」とホロスクリーンに表示された地図を遥人に見せて尋ねる。
遥人は近くにある建物の中から、関心のあるものを探す。
「僕はアンドロイドを観に行きたいな。ロボットとどこが違うのか確認してみたい」
「オッケー!じゃあアンドロイド館へレッツゴー!」
いつも明るく元気な優に救われる。
遥人は優の隣を歩きながら、その笑顔を眩しく見つめた。
***
館内に案内されると、中にはたくさんのアンドロイドが並んでいた。
「おー。なんか人間ぽい」
優が感嘆の声を上げる。
「確かにロボットよりも動きが自然だね」
二人がアンドロイドを観ていると、隣に立っているクマのぬいぐるみを抱えた青年が視界に入った。
それを見て、優が小声で遥人に囁く。
「あの人高校生くらいだよね。何でぬいぐるみなんか持ってるんだろう?」
確かに凜とした立ち姿に、クマの愛らしいぬいぐるみは不釣り合いに感じる。
「うーん。もしかしたらAI搭載型なのかも。化学博覧会だし、案内を任せたりも出来るから」
「そっかぁ。……それにしても、女子はああ言うのもギャップ萌えとか言うんだろうな」
優は「うえー」と不満そうに舌を出して、眉をひそめた。
遥人は困ったように苦笑する。
確かに艶やかな黒髪と切れ長の眼に、ガラス細工のように繊細な顔立ちは、正に女子が騒ぎそうな容貌だった。
優と遥人が青年を横目に見ていると、彼の抱えているぬいぐるみから声が聞こえてきた。
「ライはどのボディが好き?レインはね、バイオスキン仕様のモデルが良いと思うの」
とても可愛らしい声で、それを持っている美青年とのギャップが激しい。
ライと呼ばれた青年も、アンドロイドたちを見ながらぬいぐるみに答えた。
「どれも良くできているけど、僕はきっとここにあるどのアンドロイドよりも、もっと高性能なボディを作れるようになると思う」
その言葉に、レインが誇らしげに頷く。
「当然ね。ライなら必ず作れるようになるわ」
ライはくすっと笑ってレインの頭を撫でる。
「もし満足できるものが作れたら、レインのボディにしてあげるよ」
レインに微笑みかけるライの顔は、先程までのどこか冷たさを感じる面立ちが和らいで、あどけない少年のように見えた。
いつも応援ありがとうございます!
より多くの方に届きやすいよう、本日から最新話の更新時間を【毎日21時】から【毎日20時】に変更致しました。
引き続き『DIVE』をお楽しみいただけると嬉しいです!
また、これから中学生編に向けて時間がどんどん進んでいきます。短いお話が続きますが、もう少しお付き合い下さい。




