第10話 二人だけの夢
優たちは頭を内側に向け、足を壁際にして眠りについていた。
優の頭の先には遥人の頭がある。
二人は他の皆が寝静まった後に共感接続を繋いで、そのまま眠りに落ちていた。
夢の中で、優は海の中を揺蕩うようにゆっくりと泳いでいた。
ふと気付くと、すぐ横を遥人も泳いでいる。
優は、隣で目を瞑り流れに身を任せるようにして泳いでいる遥人に声をかけた。
「海なのに息ができるなんて不思議だね。まるで飛んでるみたいだ」
その言葉に遥人はくすっと笑って返す。
「飛んでるみたいじゃなくて、本当に飛んでるんだよ。ここは空なんだから」
優は何を言っているのだろうと遥人に聞き返す。
「ここは海だろ?さっき魚が泳いでるのを見たし」
遥人は先の方を指さして「それなら、あれは何?」と尋ねた。
見ると、大きなわたあめのような雲が3つ浮かんでいる。
「本当だ。雲が浮いてる」
優は首を傾げた。
それならさっきみた魚は何だったのだろう。
遥人が現れるまで、色とりどりの魚たちと一緒に泳いでいたのに、いつの間にかいなくなってしまっていた。
優が釈然としないまま流れに身を任せていると、遥人が「あの雲わたあめみたいだね」と言った。
その瞬間、遥人も自分と同じように感じていたことが嬉しくなる。
優は雲を指さして「もしかしたら食べられるかもしれない。食べに行こうよ!」と遥人を誘った。
二人は雲に向かって飛んでいった。
雲は思っていたとおり綿飴のようにふわふわで、食べると甘みが口の中に広がった。
遥人は雲の上に寝転がって、千切り取った雲を食べていた。
「このあたりは少しピンク色になってて苺味がするよ」
優も遥人の隣に寝転がってピンク色の雲を食べる。すると、口の中に桃の味が広がった。
「あれ?俺のは桃味だ」
二人はさらに泳いで黄色い雲を見つけた。
今度は優がレモン味、遥人はバナナ味だった。
しばらくの間様々な色の雲を食べていると、空が薄暗くなってきた。
遠くに夕日が沈んでいくのが見える。
遥人は優と共に、その夕日を静かに眺めていた。
赤々と燃える夕日に照らされて、二人の頬も赤く染まる。
何だかとても懐かしいような、切ないような気持ちで胸がいっぱいになる。
遥人が沈みゆく夕日の美しさに感動していると、『醤油をかけて食べたら美味いだろうなぁ』という気持ちが入り込んできた。
驚いて隣を振り向くと、優がよだれを袖で拭っている。
遥人は思わず脱力して笑った。
「優は夕日も食べちゃうのかぁ」
「だって卵の黄身みたいで美味しそうなんだもん!」
優は頬を膨らませて反論する。
そんな怒った顔が可愛くて、遥人は「優は優だなぁ」と小さく息を吐く。
(優の食欲のせいでせっかくの感動が台無しだ)
「やっぱり優は面白いな」
遥人は思わず声をあげて笑った。
二人は夕日に向かってスイスイと飛んでいく。
「やっぱり鳥みたいに飛ぶんじゃなくて、ペンギンみたいに泳いでる気がするんだけどなぁ」
優が首をひねって考え込む。
「ペンギンだって一応鳥だよ?」
優は遥人の言葉に目を丸くして「本当だ!ペンギンって鳥だ!」と納得した。
遥人は内心、鳥でもペンギンは飛べないのに。と思って密かに笑った。
二人はペンギンのように空を泳いでいく。
夕日はまだ赤く輝いていた。
「起きろー!」
突然の大声に驚いて目を覚ますと、陽太が布団を抱えて立っていた。
優と遥人は共感接続を閉じて、寝ぼけたまま布団から起き上がる。
まだ頭はぼーっとするけれど、布団を畳んで小屋まで運ばなければならない。
あくびをしながら優がテントの外に出ると、地平線の近くで朝日が輝いていた。
後から出てきた遥人もそれを見て目を細める。
「夕日を見たばかりなのに朝日を見るなんて不思議だね」
二人は目を合わせて微笑み合った。
***
キャンプでの楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、優と遥人は帰りのバスの中に居た。
皆は遊び疲れて眠ってしまい、二人は共感接続を繋いで互いの楽しかった思い出を追体験する。
遥人とウォークラリーを楽しみたかったのに女子たちに阻まれて歯痒い思いをしたこと。
遥人の料理の手際の良さに驚いたこと。
そして、女子たちに芋呼ばわりされて腹が立ったこと。
優の怒りを感じて、遥人が『優は芋なんかじゃないよ。僕は優が凄いんだって知ってる』と伝えてくる。
そのまま、これまでに見てきた優の笑顔や嬉しかった瞬間のイメージが大量に送られてきた。
優は恥ずかしくなって受信モードを閉じた。
そして即座に『恥ずかしいからやめて!それ以上送ったら接続を切るよ!』と照れ隠しの怒りを送る。
遥人は笑いをこらえて「ごめん。もうやらないから繋いで」と手を合わせて謝った。
その後も二人はキャンプの思い出を送り合った。
キャンプファイヤーの豪快な炎に圧倒された瞬間。
遥人も優と一緒にその炎を観たかったのに、女子に話しかけられてなかなか行けず困っていたこと。
そして、二人で観た夢の中の記憶。
あれは海だったのか、それとも空だったのか。
美味しい雲に蕩とろけるように紅い夕日。
優はあの夕日を食べられなかったことを、少し残念に思っていた。
そんな気持が伝わって遥人はクスクスと笑う。
静かなバスの中で、二人だけが今もまだキャンプの時間を楽しんでいた。




