表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/3

2. 経理と店番

 翌日の昼、倉庫の入り口に姪が立っていた。


 妹の娘、三好撫子(なでしこ)。大学二年、簿記二級。四月の風に髪を押さえて、手には履歴書の封筒がある。


「バズった個人事業主には、経理と炎上対策が要ります。時給千二百円で手を打ちましょう」


「面接もなしか」


「面接するんですか? 昨日まで無職だった方が?」


 正論である。断る理由を三つ数え、三つとも言い負かされる未来まで見えたので、俺は姪を雇った。


「ちなみに時給千二百円は、県の最低賃金より上です。調べてあります」


 経理は、初日から経理である。


 検品を任せて五分後、配信卓のほうから変な声がする。見れば、例の仮面を顔に着け、テストと称してカメラの前に立っていた。画面の隅の同接は五十――昨日の騒ぎの続きを、待っている人数である。


「てすてす、経理担当です。時給、ほんとは千五百円欲しい」


 言ってから、自分の口を両手で押さえた。


『本音出てて草』


『あれ? 声は別に大きくなってなくない?』


「はい、そこです」


 俺は仮面を回収し、そのまま店頭の教材に使わせてもらう。


「表銘の効果は、対価と合意で品を所有した者にしか働きません。この仮面の持ち主は私です。撫子さんが着けても、声は三倍になりません。――ですが裏銘は、条件を満たした者なら誰にでも働きます。着けたら最後、嘘はつけません」


『効果なしで呪いだけって、理不尽では?』


「それが呪物です。ひとつだけ、覚えてお帰りください。――呪物は、正しく買わないと、呪いしか働きません」


 撫子は仮面を外し、しばらく裏側を眺めていた。


「……なんか、字みたいなのがチラッとした気がするんですけど」


「気のせいでしょう。銘は、誰にでも見える物ではありませんので」


 姪はもう、次の段ボールへ向かっている。俺は手の中の仮面を、一度だけ裏返して見た。――千人に一人。まさかな。


 さて、店番の話である。


 防犯にと、師匠の遺品の鎧を入り口へ据えることにした。讃える鎧。表銘は、所有者が(まと)うとき、膂力(りょりょく)二倍。裏銘は――目に映る人を、事実に基づいて讃え続ける。讃えるべき事実が見つかるまでは、黙る。


 据えた途端、鎧が胴間声を上げた。


「本日のお嬢さん、履歴書の字に迷いがない!」


「……褒められました」


「事実しか讃えない鎧です。讃える事実が見つかるまでは、黙ります」


 実際、午後に来た初見の配達員の前では三十秒黙り込み、店の空気を凍らせている。事実は、探すのに時間のかかる日もあるのだ。


『この鎧すき』


『沈黙の間が本気すぎる』


『ホメ吉って呼ぼう』


 店番の名付け親は、視聴者である。鎧は満更でもなさそうに、胸当てを一度鳴らした。


「さて、本日の呪物です。涙の包丁。表銘は、研がずとも、研ぎたて。裏銘は――まな板に当たるたび、小さく(すす)り泣く。……以上です。実演いたします。安全のため、切るのは胡瓜だけ、指は出しません」


 まな板に胡瓜(きゅうり)を置き、すっと引く。


 切れ味は、研ぎたてのそれである。そして刃がまな板に触れた瞬間――小さく、本当に小さく、すすり泣いた。


『泣いてる』


『かわいそうで草』


『音だけ聞くとホラーなのに、なんか悲しい』


「お値段、四千円。切れ味に、嘘はありません」


『泣く包丁を売るな』


 カゴの音が、ゆっくり一度鳴る。


『買います。ひとり暮らしで、台所が静かすぎるのが、こわいので』


 一字ずつ、時間をかけて打たれた文字だった。画面の向こうの台所の静けさが、なぜだか俺にも分かる。俺も二階で、鍋の音だけ聞いて夕飯を食う男である。静かすぎる部屋の耳に、この小さな泣き声は、たぶん丁度いい。


「お買い上げ、ありがとうございます。……泣き声も、誰かの声です」


 言ってから、仮面を着けていない事に気づいた。着けていても、言えた台詞である。


「返品は八日以内、未使用に限ります。呪いは、なじむ前にお返しください。――嘘は申しません。本日も、良いお買い物を」


       ◇


 閉店後、電卓を置いた撫子が手を挙げる。


「叔父さん、口約束を全部条文にしましょう。約款(やっかん)っていうんですけど」


 姪はその晩のうちに、五条まで書き上げてしまった。


 一、誇張の禁止。二、裏銘の全文表示。三、売る前に、店主が実演。四、返品は八日以内・未使用に限る。五、使用後の返品は不可。


 声に出して読み、俺は少し黙った。俺の商売のやり方が、初めて文字になっている。鑑定書の外で、俺の正直に条文をくれた人間は、この姪が最初である。


「なんでまた、うちみたいな店に来た」


「お母さんが言うんです。兄さんはバカ正直で、損ばかりだって」


 妹の声で再生される台詞である。会議室の記憶が、一瞬だけ疼いた。


「……損じゃないって、数字で見たいんですよ、私は。だから経理は、私がやります」


 翌日の配信で、さっそくコメントが飛んでくる。


『返品って、ほんとにできるんですか?』


「よくぞ聞いてくださいました。――次回、返品の話をいたします」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ