1. 全部言う通販
「これは載せられない」
三月の会議室は、暖房が効きすぎている。窓の外の寒さを、金で追い出した部屋だ。
競売事業本部長の灰谷が、二本の指で俺の鑑定書を押し返した。磨かれた爪の先が、一行目を叩く。
――本剣は持ち主を殺します。
「三億の目玉だぞ、折口。簡易鑑定に差し替えろ」
「お断りします。読めた事しか、書いておりませんので」
「会社の利益を損なう鑑定だ」
それが、勤続十六年への評価である。三月三十一日付で解雇。事由は、業務命令違反。
退職一時金は、一部が現金ではなく現物で支払われた。倉庫一杯の売れ残り呪物、三百十七点。処分場に出せば一点二万円かかる厄介者を、会社は評価額一点一円で俺に譲り、六百三十四万円の処分費を浮かせたのである。
運送費は俺持ちで、軽トラ三往復。三往復目の信号待ちで、ようやく心が追いついてきた。四十一歳、独身、無職。荷台に、呪い三百十七点。
頭では朝から分かっていたのだ。分かっているのと、腑に落ちるのは別である。ハンドルを握る手が、他人の手みたいに白かった。
で、翌日。四月一日の朝である。
春の倉庫は、底が冷える。シャッターを腰まで上げると、朝の光が床を横に走り、埃がその帯の中で光った。奥まで並んだスチール棚に、売れ残りが三百十七点。どの箱にも、ミダスの古い在庫票が貼られたままである。
三十年、誰にも選ばれなかった品々だ。
――業界一の訳あり在庫は、俺だろうに。棚を見ていると、他人の気がしない。
俺は倉庫の真ん中に三脚を立て、スマホを載せた。配信サイト「ヨイチ」。チャンネル名は「銘々堂・呪物通販」。開店の設備投資は三脚の二千円と、家賃五万円の前払いだけである。
同接、七人。
七人もいる、と思った。昨日までの俺の話を聞きたい人間は、世界にゼロだったのだから。
「さて、本日の呪物です」
口が勝手に始めていた。六年前に死んだ師匠の、デパート仕込みの実演口上である。口上は、正直の器だ――そう言った人の抑揚のまま、俺の喉が動く。
「先に、当店の商品を定義いたします。呪物とは、ダンジョン産の、訳あり在庫です。幽霊は出ません。……遺物には銘が宿ります。銘は二階建てです。上の階が表銘、品名と効果。下の階が裏銘――発動の条件、代償、制約。世間はこの下の階を、呪いと呼びます。私は下の階まで読めます。読めますので、全部言います」
棚から、白い仮面を取る。
「正直者の仮面。表銘は、声が三倍通る。裏銘は――着け手は、偽りを口にできない。黙ることは、できる。……着けて、自己紹介をいたします」
着ける。
「折口誠一、四十一歳、独身。元ミダス商会、一級遺物鑑定士。昨日、クビになりました。趣味は銘読み。夢は、この在庫の山が消える事です」
『自己紹介が重い』
『え、それ全部本当ってこと?』
『仮面の無駄遣いで草』
画面の文字は、遠慮を知らない。だが、悪くない気分だった。会議室の沈黙より、よほど風通しがいい。
「ええ、全部本当です。着けている間、私は嘘がつけません。よって当店の商品説明は、すべて事実です」
『じゃあ聞くけど、仕入れ値いくら?』
俺は黙った。裏銘には続きがある。――黙ることは、できる。
『黙った』
『都合が悪いと黙る仮面』
「黙秘は嘘ではありません。さて、本日の売り物です」
棚の二段目から、草色のくたびれた革靴を出す。在庫票の日付は、二十年前である。
「道草の靴。表銘は、履き手の足は疲れを知らない。裏銘は――目的地までの道を、最短の三倍より短くは歩ませない。……実演いたします。安全のため、店内で」
履く。
配信卓まで、まっすぐ歩けば三歩の距離である。俺の足は勝手に右へ折れ、在庫の棚をぐるりと一周し、段ボールを二つまたぎ、都合九歩かけて卓の前に着いた。靴だけが、いい散歩だったという顔をしている。
『今のなに?』
『すごい遠回りした』
『靴に主導権がある』
「ご覧の通り、この靴は決して近道をいたしません。お値段、三千円。……理由は簡単です。誰も欲しがらないからです」
『正直すぎる』
画面の端で、カゴの音が一度だけ、小さく鳴る。
『買いました。夫と毎日散歩してるんだけど、同じ道ばかりで飽きてたのよ』
打ち間違いを直した跡のある、ゆっくりした文字である。老眼鏡を上げて、二度読んだ。
「……ありがとうございます。良い、買い物です」
欠点は、書いてある通りにしか働かない。ならばその欠点を、欠点でなくす人がどこかにいる――七人の中に、もういたのだ。三十年選ばれなかった靴が、今夜から誰かの散歩に付き合う。
「最後に、大事な事をひとつ。呪いは一度発動しますと、使った方に、なじみます。品をお返しになっても、なじんだ縁は切れません。ですので――返品は八日以内、未使用に限ります。呪いは、なじむ前にお返しください。……嘘は申しません。良いお買い物を」
配信終了の印を押す。同接は、最後に四十人まで増えていた。
四十人。満員には程遠いが、昨日の俺より四十人多い。
◇
翌朝、スマホの通知が鳴りやまなくなっていた。
誰かが昨日の配信を切り抜いたらしい。題して【全部言う通販】クビになった鑑定士、呪いを実演して売る。投稿主の名は、まとめ屋。再生数――二十万。
倉庫の二階の台所で、湯を沸かしたのも忘れて画面を繰る。四十人が一晩で二十万になる世界で、俺は商売を始めたらしい。
賑やかな通知の山の中に、一件だけ、古い知り合いのような文字がある。
『相変わらずだな、全文読み』
――誰だ?




