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仕込み  作者: 真鍋
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8

 私は露天風呂へ浸かると条件反射であるかの如く唸り声をあげた、ここで私は先生の言われた言葉を思い出した普段入浴は銭湯を使用しているにも関わらず先生の言われた『大きなお風呂を頂きましょうか』改めて考えると謎の発言であった、私は空を仰ぎ見て考えた脳細胞は既に露天風呂に毒され溶け出している何も浮かばないそれどころか夕食の献立である赤い甲羅をした生物が右から左に移動してゆく、どうでも良くなった大きなお風呂を頂いたのだ結果が全てである。


 内湯へ入ると先生は洗い場にいらっしゃった、お背中お流ししますと声を掛けると良いよ良いよと手を振られたが私は構わずタオルを泡立てた、それを感じたのか『ではお願いします』と諦め先生は背中を丸めた、先生の背中には歴戦の傷痕が刻まれていたそれは軍人を思わせる実際映画などで見ただけだがまさにそれであった、刃物でスパッと斬られた切創ならば今の医術なら跡は殆ど残らないしかしこれは挫創(ざそう)、皮膚の欠損も多く傷の縁が複雑で縫合が難しい、まるで何者かに引き裂かれたかの様、いや実際はそうなのであろう苦労では片付けられない程の戦歴が目の前にあった。


 さて温泉を馳走になった後は夕餉である、誰もが認める最高のプロセスであるが私の場合少し様子が違ってくる、別に偏食ではないアレルギーがあるわけでもない、それは先生の戒律である、先生は僧侶だ厳しい戒律があるのだ現代の僧侶は栄養面を考え肉魚も食べるそもそも戒律では禁じられていない、ただ質素倹約な生活習慣から肉魚を避ける様になっただけであるが飲酒は別、厳しく戒律に反する、しかし宗派によっては飲酒される僧侶もいる喫煙は健康上悪いとされるが戒律が定められた後に出来た習慣であり後出しジャンケンであった、さてテーブルにはここ数ヶ月出会った事がない献立が並ぶ、先生は合掌するとテーブルを見渡し湯葉の入る小鉢を手にする、私は膝に手を置きジッと待つ、実は先生も肉魚を口にする、ただしそれは施しを受けた際である、ここの食事は施しか否か料金を払い食事のサービスを受ける先生の中では如何に。


「あれ清井君は蟹アレルギーかい、無理なら私が頂くが」


「えっ?」


 先生は蟹足をもぎりながら私へ仰った、食事に手をつけない私を甲殻アレルギーかと心配なさっていたのだ、友人程度であれば烈火の如く文句をぶつけるが先生はある意味純粋なのだ天然とも言える、私は今後の事もあるし思い切って聞いてみた。


「先生、蟹は宜しかったのでしょうか?先生はその⋯肉魚を召し上がられるのは施しを受けた時と思っておりました」


 先生は箸を置き一拍おいて私に言われた。


「清井君、私は好物を前に辛抱できないなまくらなんですよ」


 そう仰ると豪快に笑われた先生は岩塩プレートにのるステーキもペロリと召し上がる、正直嗜好で戒律を曲げられてはお手上げだった、私は今後口にできるものは先生に構わず食べる事にした、〆の蟹雑炊を食べ宴は終わった、先生は途中で構わずお飲みなさいと言われたので瓶ビールを1本だけ頂戴した、アルコールに関しては何年振りであったか世界はグルグル回っていた、私は調子に乗って先生に色々質問を投げかけたが先生がお答えになられた言葉に一気に酔いが醒めた、先生は見えておられないと仰っしゃられたのである。


「流石に見えてたら私でも怖いよ」


 絶句した、当然お見えになられているものと考えもしていなかった、先生は見えてはいないが肌では感じるし目を瞑れば朧げに輪郭程度は確認できると仰った、見えずにどうやって闘っておられるのか矢継ぎ早に私は聞いた。


「そもそも見えるかどうかは向こうの都合なんだよ、清井君よく考えてもごらん何故わざわざ姿を現す必要があるんだい姿を隠し近寄り手早く事を済ませた方が良くないかい、それが道理だよ」


 成程そうだ忍など姿を見られた時点で死に体だ隠密もなにもあったものではない、見えなければそれに越した事はないのだ、では何故見える人には見えるのか私はもう一度先生に聞いた。


「さっきも言ったけど向こう都合、姿を見せて尚、補って余りあるそんな時だろうね」


 背中に悪寒が走り全身が粟立った、先生の言わんとする事が直感で分かったのだ。

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