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左手にはあの発電所が見えた夜が明け改めて見ると巨大で2本の煙突が天を突き間には朝日が輝いていた空は晴天、白い雲が浮かび爽やかな海風が吹いていた、笑える程に死ぬには全く似つかわしくない風景だった、しかし死は背後からまだ付いてくる餓鬼に噛まれた足が今になって痛みだすと歩みが遅くなる、すると背後からギギッギギッと音がするではないか泡の中から聞こえていた餓鬼の声だ、餓鬼も何故か我々を追って施設から出てきたのだ振り返ると十数匹の餓鬼がこちらへ向かってくる移動速度は奴や我々より圧倒的に速い先頭グループは既に奴へ追い付き数匹は奴へ接触すると消炭となり数匹は奴へ挑み数匹はこちらへ向かってくる。
「先生、餓鬼まで我々を⋯」
「そうですか、後門の虎に後門の鼠って⋯具合かなこの状況⋯とりあえず前門が閉され⋯る前に」
先生は苦しげに仰った徐々に悪化しているのがわかる、そこで奇跡が起きた連絡トンネル入口の横に電話ボックスがあったのだ私はボックスへ入ると緊急連絡ボタンを押し救急を依頼した場所は『川崎海底トンネル東扇島向け』と予想されるランデブーポイントを考え伝えた、後は何とか取り付く餓鬼を払いながら逃げるだけだ、ここへ来てやっと光明がさしてきた、しかしここで餓鬼数匹が我々に追い付くと足元へ取り付く立ち止まり餓鬼を相手にすると奴との差が縮まり餓鬼の数も増えた。
「⋯清井君、私を置いて⋯逃げなさい」
予想していた先生がそう言い出す事を、先生も私がはいそうですかと言うとでも思っているのか私は謝りを入れ先生を担ぐと走り出した、走り出したとは言うが徒歩より早い程度やはり餓鬼にやられた傷が響く、しかも今も餓鬼が数匹足に取り付き私の足を味わっている奴さえいなければ引き剥がしあらゆる拷問の末殺してやるのだが今はそれも叶わない、今は逃げるに徹するだけだ何も考えるなと自分に言い聞かせ走った、トンネル内へ入り暫く行くと一度振り返った奴はトンネルのスロープを降りて来ている餓鬼はやっと途切れたか今見えている餓鬼だけになり頷くと私は走り出した、しかしそこで一度餓鬼を払っておくべきだったか一匹の餓鬼のひと噛みが走る為に重要な場所に牙を入れた、私は先生を抱えたまま転倒した、私は謝罪して這って転がった先生の元へ向かう、ついでに足に纏わり付く餓鬼を蹴り飛ばした私の足は膝下だけ黒々と染まりダメージ加工されていたトンネルの壁に手をつき起き上がると執拗に迫る餓鬼を蹴り飛ばした、足に激痛が走る、一度深呼吸をすると先生を抱え上げようと手を伸ばす、先生は笑っていた。
「清井君⋯もう良いよ、大丈夫だ⋯」
「何言ってるんですか先生!らしくないですよ諦めないで下さい!」
私は激昂しながらも自分の情けなさと不甲斐なさに泣きそうだった、先生を抱え起こそうと足に力を入れると踏ん張れずに崩れ落ちる、本当に情けなくて太腿を拳で何度も殴った、何度も何度も、奴はとうとうトンネルへ入ってきた私は再度トンネルの壁に手を付き起きあがろうとした、すると先生が言う。
「違う、違うんだよ清井君、大丈夫、もう大丈夫だ、耳を、耳をすましてご覧なさい、もう大丈夫⋯もう大丈夫なん⋯だ」
先生に限界が訪れ混濁されていると私は思った、耳を澄ましたところで私の耳には送風ファンと餓鬼の声しか聞こえない、私は足に力を込めた、すると……
『⋯までぇ、逢える時までぇ
⋯の訳は話したくないぃ
⋯しいだけぇぇ
⋯なしいだけぇぇ
⋯傷つきすべてをなくすからぁぁ
ふたりでドアをしめてぇぇ』
「ふたりでドアをしめてぇー」
「ちょい待てやコラ、なんでお前が入ってくんねんや」
「いや兄貴、そこは盛り上げるでしょ」
「やかましぃわボケェー、フンふふ、心は何かをぉ話すだろおぉぉぉ」
その歌声が耳へ届くと私は目を疑ったトンネル内を向こうから自転車が、しかもいい歳したおっさんが、しかも2人乗りで、この緊迫した場面に余りにも間抜けと言えば良いのか私は気が狂い幻覚を見てるのかと思ったが足の激痛が現実と教えてくれた、このまま何も言わずにすれ違えばこの人達は奴に、いやその前に餓鬼の餌食になる、私は先生をそのままにして2人を制止した。
「待って下さい!止まって下さい!」
キッーと錆び付いたブレーキの制動音で自転車は止まった見ると前に乗る男は大柄で歳は50辺りか、しかもこの状況にも関わらず思わず笑ってしまったこの自転車を漕いでいたのは後ろに乗る男、子供の頃にやっていたあれだ、それを大の大人がやっているのだ後ろの男は痩せ型で少し前の男より若く見えた、いやそれどころではない奴の狙いが我々としても接触すれば消炭だ、まず引き返させることが先決と私はここは危険だから戻ってくれと伝えた、するとである。
「なんやにぃちゃん血だらけやんけ転んだんか?それにけったいなもんぶら下げて、きっしょいのぉ見てみ裕二にいちゃんの足、あかんさぶいぼでたわ」
「兄貴、あれ見た事ありますザコっすザコ」
「喰えるんか?」
「さぁ?」
理解不能、思考停止、まぁ私に見えるから見えるのだろう、では奴もこの人達には見えてるのだろうか、あれを見れば禍々しさに恐怖して引き返してくれるはずと奴を指差し見ろと叫んだ。




