16
先生が目を通されているのは地域の民話、背表紙にはそう書いてあった、気になるとこに付箋を貼り既に5冊目を読まれていた、先生は土地の因縁に関しては私に任せご自分は伝承、地域文化の線からあたられているのであろう私は再度司書の元へゆき今度はローカル新聞の発刊から現在までの記録はあるか聞くとそれはパソコンで閲覧出来ると言われた、壁際のカウンターにはキーボードとマウスだけが置かれモニターは壁に埋め込まれている既にパソコンは起動しておりマウスを左右に動かすとモニターが明るくなりどこかの山頂から撮影されたどこかの風景写真がモニターへ映る、アイコンが数十個並ぶ中から“日本海新報”と書かれたアイコンをダブルクリックした、ソフトが立ち上がると青い背景の中に“検索ワードを入力して下さい”との表示、その横に虫眼鏡のイラスト私は暫く考え旅館のある地域名と“殺人事件”と入力し虫眼鏡をクリックしたモニター内では波線が左から右に点滅して検索結果が表示された“該当する記事はみつかりませんでした、検索ワードを変更して再度お試し下さい”ハズレだった、次に“死亡事故”と入力する、流石に10件ほどヒットしたが日本海新報が発刊されて57年らしいがこの件数が多いのか少ないのか、私は更に地域を絞り具体的な街の名前と死亡事故と入力する、予想はついてはいたがやはりハズレだった、あの温泉街を抜ける一本道で死亡事故など至難の技であろう私は背もたれに思い切り寄りかかると伸びをして知恵を絞った、だが出るのはあくびだけであるしかし先生は十中八九何かを感じ取られている、ならば何かヒットする筈であったがフェーズを移行させる必要があるのかもしれなかった。
先生の元へ戻ると特に収穫がない事を伝えた、先生は『そうですか』と言われ自らも両手を広げるポーズをとられた、先生の方も収穫がないようだった、この地方には珍しく赤子にまつわる怪異の伝承が全くないと言う事だった私は先生に直接あたってみてはと言うと『それこそ寝た子を起こす行為だよ』と笑われた、先生は最初から根掘り葉掘り聞いたりしない、先入観に囚われない為だ、最小限の情報から先ず先天的要因をお調べになる土地の因縁、民間伝承ここら辺りを調べると大体ヒットする、しかし怪異の大半は後天的要因が殆どだ、であるから先生はこの後フェーズを移行して後天的要因を取りこぼす事なく拾い上げてゆかれる、だがこれがなかなか困難を極めるのだ多種多様多方面に手を広げなければならないのだ、全く怪異とはかけ離れた調査を強いられ自分は今何をしているのだろうと記憶が混濁しそうになる事が多々あった、しかし先生はそれでも微細な糸を手繰り寄せ紐を縒り縄をない網を編むそれによって引き揚げられる怪異をあまねく清め鎮められるのだ。
とりあえず旅館へ引きあげる事になるだろう私は携帯を取り出すとこの3年で培った経験から必要な事を数点支配人へ確認した、先ず怪異の起き始めた時期、その前後で変わった事はなかったか、そして実質的被害は他にないか、そして最も重要な事を支配人へ伝えた『後、2、3日は掛かりそうだ』と、支配人は二つ返事で部屋はご用意しますので是非お願いしますと好意的返答、気を良くした私は付け加える『先生は蟹が大好物です』と、笑いそうになったが我慢してそれを伝えると嘘か本当か支配人は在庫の蟹を全てお出ししますとまで言うのだ、流石に気が引けそれに対する返答はしなかったがこれで解決できなければそこらに居る似非霊能力者だなと顔を顰めた、先生に限ってそれはないだろうが言うに事欠いて俗にまみれた行為であったと少し反省した、もしかすると先生は私の中のそんな面をお感じになられておられるのだろうか、支配人の態度は旅館の存亡に関わると本腰をあげたみたいだ私も出来る限りの手は尽くそう、そう考えながら私は駐車場へ向かった。




