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支配人の話はこうだった、どうも従業員の中で地下のボイラー室かリネン室で子供の鳴き声がすると噂話が出回って困っていると実際先程の従業員はリネン室でそれを目の当たりにして恐怖のあまりものすごい剣幕で帰って行ったと、渡りに船とはこの事かとベラベラと話す支配人を見て思っていたが私はその話の内容はさて置き改めて先生の偉大さと先生に対して謝罪の念を抱かざる得なかった、この一連の流れ、あの郵便局を出た時点で先生は全て把握されていたのだ、ドキュメンタリー番組の取材でも随伴していれば視聴者からは“ヤラセ”の3文字で大炎上だろうが先生に作為はなかった、ただ正直信じきれない自分もいた”ありえない偶然は必然”そんな言葉が心をくすぐった、しかし先生に先見の能力があるなら成行上仕方無いとは言え政府の面倒を抱え込む事などないのだが。
先生は支配人の案内で地下へ向われようとしていた私は思わず謝罪の言葉を述べた、先生は構いませんよと肩を叩かれ行きましょうと仰った、私は急ぎラウンジへ戻ると数珠と柄香炉を持って後を追った、地下は地上階とはうってかわり壁は打ちっ放し天井はパイプ類が露出する機能優先の施工になっていたLED照明で暗くはないが殺伐とした雰囲気は否めなかった、通路を7、8メートル程進むと左手にリネン室、右手にボイラー室と通路を挟み向かい合わせにそれはあった、しかしリネン室であれボイラー室であれかなり酷い騒音と思もわれるだろう噂では子供の霊と言われていたがあれは間違いだ、この環境で鳴き声が聞こえるとなればそれは赤子の霊、それは話も通じない言葉すら理解できない説得などもっての外、酷い言い方をすれば獣と同じであった本当であればかなり厄介な相手になる。
先生は先ずボイラー室へ入られた扉を開けた途端熱気と物凄い作動音が響く、室内の壁、扉の内側まで厚手の断熱防音シートが貼られてあった一通り室内を周りリネン室へ向かう為ボイラー室から出て扉を閉めるとブーンと蚊が飛ぶような音だけが聞こえる、熱も上半身に少し残っていたが既に今は感じない断熱防音と言うのは伊達ではなかった、続いてリネン室に入室した確かに熱と音は通路以上であったがボイラー室に比べれば静かなものであったドラム式の洗濯機と乾燥機がチグハグのリズムで揺れていた、すると奥に先生と同年齢くらいの男性がこちらへ視線をくべるでもなく黙々とプレス機でシーツの皺を伸ばしていた、先生と私は軽く会釈をすると男性は頭を掻きながら会釈を返してきた、支配人が男性に近付き何やら話しかけると男性はプレス機を離れて我々の前にやってきた。
「お坊さんがこんな糞爺に何用で、まだあっちへ行く気は有りませんよ」
男性は笑いながら憎まれ口を叩いた、先生も笑いながら『そりゃ残念』と頭を叩いた、妙に気が合う2人は大笑いしていると水を差すように支配人が男性に要旨を伝えた、男性は舌打ちすると言った。
「あぁいますぜ、たまぁに疳の虫がおさまらねぇのかギャンギャン泣き喚いて、こっちゃあ仕事中だその度『うるせぇ!』って怒鳴ってますよ、ありゃあ腹でもすかしてるのかねぇお坊さん」
先生は頷くとおもむろに私へ向き直り手を出された、私は柄香炉の蓋を開けお香へ火をつけると掌で扇ぎ火を消した蓋を閉めると蓋にある楕円形の穴から甘く高貴な香りを伴い煙が立ち昇った、先生は柄香炉を受け取ると四方にかざした、支配人と男性は興味深げに先生を見ていた、多分先生はこちらのリネン室が正解と踏んだのであろう支配人へ尋ねられた。
「支配人さん、こちらの旅館はいつ頃から?」
その問いに支配人は12年ですと答えた、私は驚いた外観や内装から結構長く営業している老舗旅館と思っていた、先生は続けた。
「その前は?」
「前はホテルだったと聞いています」
「その前は分かりますか?」
「その前もホテルでバブル期にリフォームして前のホテルに改装したとは聞いています」
「ではその前は?」
そう聞くと支配人は困り顔で『分かりません』と答えた、先生は『そうですか』とだけ呟かれ柄香炉を持ち室内を歩き回わられた、すると支配人はハッと何か閃いたように『源太郎さん家は近くだろ』と男性に聞くと男性は首を傾げながら答えた。
「あぁ前の前の前は荒れ野だったかなぁ、ここらは温泉が出るまで何もなかったよ、温泉が出た途端旅館ができホテルができバルブの時ゃ結構賑やかだったけどな」
先生は質問の相手をその源太郎に変え事件や事故はなかったか尋ねられた、源太郎はしばらく何か思い出しているような目付きで天井を見つめて言った。
「そりゃ賑やかになって喧嘩や事故はあったけど殺人事件とか死亡事故なんてもんは聞いたこたねぇな、荒れ野だった頃は知らねぇよ、でも荒れ野で事件や事故もあるまいよ」
先生は土地の因縁を調べられているようだが2人からはこれと言った情報は出てきそうになかった、先生は話し込まれていたが私は先生がとるであろう次の行動の為リネン室を1人出た。




