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先生は高野聖として10年間全国を行脚していた、それ以前高野山にて30年以上修行を積まれ僧正の僧階も伊達ではない、その法力も日本屈指と言っても過言ではなかった、しかしその先生をもってしても恐怖に呼吸も忘れていたと言うのだ、子供は3人いたと言う女児が2人と男児が1人、共に泣き腫らし最初は語らう事すら難しかったが徐々に悲しみを解し語らい始めた、先生は厳しい様であるが置かれた状況を正直に伝えた、理解できる訳はなかったが先生は諦めなかった、ここで諦めると怨霊と化し人々に害なす可能性もある罪もない子供らにそれを強いるのは絶対に許されない子供は子供のまま親元へそれが自然の摂理だ、先生は寝食を忘れ語らった2日目の朝、子供達も先生に慣れ親しみ遊んでくれと戯れる姿もあったと言う、登る朝日が橋下にも差し込み始めた時だった女児の1人が先生の足元にしがみ付くと震え出した、続いて残る男児も女児も先生の足元にしがみ付く、先生はどうしたどうしたと優しい言葉をお掛けになった、途端、先生の身体に悪寒が走ると身体が固まった指先すら動かせない、先生は目を閉じて辺りを伺ったが何者の気配もないしかし悪寒は酷くなる既に背中には氷柱を背負ってるが如く体温を失っていた、すると背後、少し上方から気配が近付く、四つ足、獣かと先生は動かぬ身体で身構えた。
獣はゆっくりと近付く、こちらが逃られないと踏んでいるのだろうか、四つ足は怪異になりやすいと言われている手負で死ねば必ず怪異になると言っていい、しかしなりやすいと言う事は裏を返せばさほど脅威ではなかった、だがこの獣は違った先生に何もさせない程の力を持っていた、この3人を狙っているのだろうか、先生は法力で3人を隠したこの子供を喰わせはしないと、獣は引返すかと思ったが歩みは未だこちらへ向かっていた、ゆっくりと確実に、身体さえ動けば向かい合い対峙できるのだがそれは無理な様だった、ならば飛び掛かってきた瞬間、獣が触れた瞬間に力を流すと決めその時を待った、全身の汗腺から汗が吹き出す、心臓は限界まで鼓動する、すると足元にいた男児が手を離し逃ていった、危ないと声をあげようにも声は出ない心で叫ぶ、しかし獣は男児の後を追うでもなく相変わらず威風堂々ゆっくりと迫ってくる違うのか、位置は多分すぐ背後、狙いが子供達でないならと先生は力を飛ばした、刹那。
先生は頭から獣に丸呑みにされた、牙は肉に食い込み骨を砕く、生きながらバリバリと喰われてゆく“死”以外何もイメージが出来なかった、先生の意識は朦朧と途切れかけると、獣は消え失せ身体に僅かに力が戻る、だが立っている気力も尽き膝をつくと両手をついて上半身を支えた、一瞬、目の前には心配げに先生を見つめる子供が見えたと言う、両の腕からも力が抜け地面に突っ伏した瞬間、薄れゆく意識の中『また逢う日まで』が聞こえてきたと言う。
先生はその後、河原で意識を取り戻さてたが生きながら死を受け入れた恐怖に暫く何も出来なかったと言われた、3人はと言うと朧げであるが楽しげに土手を駆け上がってる様に感じたと、まるであの歌声について行った様であると。




