Episode8:超人によるストレスについて②
8話です
「あの……箱庭さん?」
「ちょっと静かに」
「あ……」
突然善さんが私の手を引いてトイレへと向かったため、私は一瞬勘違いをした。
「……やっぱり」
「?………!?」
しかし善さんに非常に失礼な私の想像は、あたりの喧騒がすぐに打ち消した。何故なのか分からないが、先ほどまで軽い会話程度しかなかったレストラン内に、悲鳴のような何かが響いたのだ。
「裁キヲ!」
少し耳が痛くなるような声がした。声から、どこか悪意……いや、むしろこれは善意?そんな感情が伝わってきた。
「トチガミ様ァァァァァァ!」
そして同時に、何かが破裂するような音も聞こえてくる。耳を塞ぎたくなるような、悍ましい音だ。
「………」
「善さん……?」
善さんは、善さんの手で私の耳を塞いだ。彼の行動は彼の子供を守る保護者のようだった。
ただし彼の手もまた、少しだけ震えていた。
「………?」
そして何分か経ったのち、音は鳴り止んだようで、善さんは私から手を離した。
「ちょっと待ってて」
「え……あ、はい」
善さんはトイレから出ていった。
待ってて、と言われたので、私は大人しく待っていることにした。彼の目が本気であったから。
***
トイレから出た私は、ひとまず何があったのかを確認することにした。
念の為、慎重に、ゆっくりと進んでいく。幸いなことにトイレのドアは奥まっていたから、レストラン内に誰かがいたとしてもすぐにばれることはない。
(…………っ)
進んだ私は、見たくないものを見た。先程まで鮮やかで心地の良い空間であったはずのレストランは、今は混沌が支配する空間へと変わっていた。床には物が大量に落下していた。
(酷い……)
自分が住んでいる街でこんなことがあったなどと、信じたくなかった。しかし、目の前に広がる現実は私を冷静にさせた。
(………誰もいないのか?)
辺りは静かだ。この階には、このレストランの他にもいくつかの店が入っているはずなのだが、一切の声が存在しない。するのはボロボロと非構造部材が剥がれ落ちる音だけだった。
ひとまず先ほど見たレストランの入り口付近に来てみたが、ここでも何も収穫は得られなかった。
意味の分からないことに人の気配すらない。あの短時間で全員がいなくなることなどあり得るのだろうか。
私は先程見た様子のおかしい男がどこにいるのか探すことにした。何かが破裂したような音がした後男の声が消えたことから、何かあったことは分かるのだが、何が起きなのか手がかりが全くなかった。
「…………ぁ」
動悸がした。体調が悪いわけではなく、心がおかしくなりそうだったからだ。
「そうだ……」
私は自分の体が動かなくなる前に、命と共に逃げることにした。
足がだんだん重くなる感覚がある。だが、ここで足を止めるほど私は強くない。矛盾する感情が私の中にあった。
幸い命は無事だ。私が声をかけると、トイレから出てきた。
「箱庭さん……?」
「分からないけど、逃げよう。この場はおかしい」
命も困惑している様子だった。最新鋭のAIであっても困惑するような環境は、私のような優秀ではない人間には相応しくない。
(ひとまず、建物から出て、客観的に状況を見よう。それから、必要なら警察に連絡すれば良い)
自分に何度も言い聞かせて、重い足と、重い体を引き摺りながら、私は命と共に誰もいない建物から脱出した。
***
建物を出た後、外には大勢の警察の人やメディアの人たちがいた。私はそれを見て少し複雑な気持ちになったが、それを隠して私の方へとやってきた警察の方とコミュニケーションをとった。
どうやら、私たちはあの建物から出てきた最後の人間だったらしい。少し前に一気に逃げてきた人たちの後、私たちが出てくるまで誰も出てこなかったという。
それはつまり、どういうことなのか。私は考えたくなかった。
お読みいただきありがとうございます。




