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Episode11:記憶と記録

episode11です。


 私は、それ以来田中さんから話をよく聞くようになった。

 田中さんは元建築士であり、数々の家を設計してきたらしく、彼女の話は非常に参考になった。


「公営も悪くないよ」


 私たちは結局、かなりの期間田中さんの家にお邪魔してしまった。私たちには父がおらず、母は子育てと仕事を両立している訳で、収入には限界があった。一応亡き父と若者だった母が当時買った土地は、家が焼けた後も当然残っていたが、建て替えるお金が私たちにはなかった。


「公営ですか?」

「ええ。結局ああいうのは安全だから」

「なるほど……」


 ここから比較的近くにある団地を内覧することになった。私たちは今まで狭小の木造一軒家に住んでいたので集合住宅の感覚は分からなかったが、ただそれはそれとしてもう木造住宅には住みたくなかった。

 どうやら話を聞くと、田中さんのこの家は木造ではないらしい。静かで、重さを感じた。




***




「──それで、結局私たちは燃えないコンクリートのマンションに住み続けることになった。このマンションは、団地から出るタイミングで私が買った家なんだ。最初少しだけ姉さんも一緒に暮らしていたけど、割とすぐに出て行ってしまったね」

「そうだったのですね……辛かったのではないですか?」

「…まぁ、辛くなかったわけではないけど、色々と勉強にはなったからね。このマンションを選ぶときも、姉さんの家の土地と建物を選ぶときも、知識は役立ったよ」

「なるほど……」


 私は善さんの話を聞いて、胸が少し痛くなった。自分の積み上げてきたものが真っ黒に朽ちていくことを想像してしまったからだ。

 私たち神は、1つのことに執着したり、思い出として大事にすることが、人間に比べると多くない。しかし、私はふと、私を助けてくれた(ぜん)さんの記憶が私の中から消えてしまったらと考えた。そのような恐ろしい事態にはならないと願いたいが、人間にとっての記憶の補助が記録であるとするならば、あまりにも平等な炎は、それを焼き尽くし、無力化してしまうだろう。記憶本体ですらも、場合によっては消し去るのだから。


「ますます、姉さんに会いたくなってきたかもしれない」

「…私もです」


 私はどこか、やはり自分が基本寿命のない神であるからこそ、全てを楽観視していた。そしてそれを自覚した時に、あれ程までに強い(ぜん)さんが何故心を痛めてしまうのかが理解できた。

 彼は何事にも気を配るからこそ、疲れてしまったのだ。


「姉さんに連絡して、新幹線の予約を取ろうか」




***




「……あ」

「どうしたの?」

「善から連絡きた」

「あれ?珍しいね」

「…あ、もしもし?」


 壁で構成された堅牢な我が家のリビングで夫とテレビを見ていたとき、弟の善から連絡があった。


「え、来るの?」


 そして、善がこちらへ来ようと思っているとのことで、かなり驚いた。毎年私の誕生日にプレゼントを贈ってくれる優しい弟だが、直接会ったのはもうかなり前だ。善は会社でかなり偉くなっているから、忙しくて来る暇なんてないかと思っていた。


「あ、分かった。ちょっと待ってて──ねえ、来週の土曜日、善が来ても大丈夫?」

「え?善くん?ずいぶん久しぶりだよね。僕も久々に話したいからちょうど良いや。土曜なら全然大丈夫のはず」

「じゃあ、伝えとく」


 夫も心なしか乗り気のようだった。

 そういえば、この土地と家を選ぶとき定期的に色々2人で話していたこともあって、割と仲が良かったんだった。


「…あ」

 善との電話を終える直前、私はふと思い出したように尋ねた。

「そういえば、善。結婚とか、予定あるの?あ、いや、結婚してほしいとかじゃなくてさ。仕事ばっかりなら、少し心配なんだけど」

 

 私はこんな質問の仕方で正しいのかわからないまま聞いてしまったことを少し後悔したが、善は少しの沈黙ののちに、「まぁ、今はないかな。元々恋愛なんてしたことがないからね。仕事は今見直している最中だから、大丈夫」と優しい声で返答した。

 善は昔からそうだった。コミュニケーションが上手くいかない私をいつも優しく見守ってくれている。これではどっちが年上なのか分かったものではないと、何度思ったことか。

 火事の後、私の心が荒んでいたときも、善がサポートしてくれた。私が安心できるようになるまで、善は心と理論をひたすらに積み重ねた。


「じゃあ、楽しみに待ってるから」

お読みいただきありがとうございます。

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